予期せぬエラーが発生しました もう飽きるくらい目にして、よく知っているはずなのに、どうしてか見覚えがない心地に陥り、ほんの数瞬立ち竦む。 雨が降っていた。 傘の布をぽつぽつ叩き伝い落ちて、露先から滴り、濡れたコンクリートへ吸い込まれて消える。湿った肌寒い匂いで薄ら残っていた眠気も溶かされ、車のタイヤが雨粒を弾きながら走る音に気取られる間もなく、ローファーを履いた足の爪や裏が変に掬われそうになるから、慌てて体の軸を整えた。 ラケットバッグを背負った夏服のカッターシャツが、赤信号の灯る横断歩道前で雨に煙っている。 幾度か入れて貰った渋い色の傘に覆われている所為で見えるのは腰の下辺りからスニーカーまでだ、表情は勿論、上半身はほとんど窺えない。 でも誰なのかすぐにわかった。 息を殺してそうっと歩み寄る。細心の注意を払い、足捌きを雨垂れに紛れさせ、段々と近付いていく。少し屈むような姿勢は手元の端末に目をやっているからだろうか。 (まだ青にならないで) 無数の水滴がこびり付いた赤に祈り、並び立つ一歩手前、心持ち強めに靴底を下ろした。 「おはようございます、白石君」 ぱしゃんと小さく跳ねた雨色の足音が、車の通りの途切れた道路に響く。 やや大仰な言葉遣いにか水溜りの散り模様にか、素早く反応した長身の彼は僅かに目を見開き、私を捉えるや否やすぐさま相好を崩した。 「おはよう。……さん、わざとこっそり来たな?」 全然気づけへんかった、と続ける人の左手には想像と違わず携帯が収まっていて、高校生になっても変わらないトレードマークの包帯が心なしか萎びて映る。湿気を吸ってしまっているのかもしれない。 私が傘の柄を持ち替えて肩先を微かにずらすのと、白石くんがズボンの後ろポケットに端末を仕舞うタイミングは、不思議なほどぴったり重なっていた。 なんとなく揃えてみた踵が独りでに浮いてきそうだ。 甘さの潜む沈黙を持て余し、自然俯くしかなかった目線が、ローファーに乗っかった透明な雫を見つける。なるべく濡れないよう避けたつもりだったが先ほどの一投足で無に帰したのだろう、つるつるとした茶色に弾かれ丸く震えており、歩き出すまでもなくほんの少し足指を払っただけであっけなく落ちるに違いない。 緩い風が横合いから吹いて、スカートの裾や髪をやんわり揺らした。 小糠雨が靴下や肌を撫でてゆき、学校に着いたらタオルで拭かなくちゃと乱れた毛先を摘んで直していたら、隣の白石君が僅かに身じろぎする。 信号機は濡れそぼる風景に赤を滲ませたままだ。 「雨やな」 「雨だねえ」 彼らしい物柔らかな口調がしらずしらず強張っていた体を温めてくれるので、喉はすんなり撓んで色付いた。語尾があまりにも暢気に伸び過ぎていて、我ながら簡単で単純だなあと思う。 空の利き手をそのままに、持ちにくいであろう右の方で傘を支える人は、吐息を零すよう静かに笑った。 横目で見上げると、同じく横目で私を見遣る眼差しとかち合う。 冷たい金属製の柄を傾けて薄い光を取り入れ、首の角度だけ近付いてみても、傘の影になっている所為でどんな表情をしているのか細部まではわからない。 あとちょっと、と背中を曲げかけた時、私のものより幾段か暗い色をした傘地が無駄な肉の付いていない頬までをさっと覆い隠し、おもむろに前進する。 渡って良し、の合図がいつの間にか灯っていたようだ。 倣って追い掛けた。 黒と白の縞模様を越える歩幅がばらついているのに遠ざからない。 身長や性別の差も何もなく、合わせてくれている証拠だ。 心臓が裏から突き動かされ、緩やかに拍をはやめていく。体の隅々まで脈打たせる血液が回り巡り熱を呼び込む。プラスチックでできた持ち手を強く握れば余計に滑って落ち着かず、かといって力を抜いたり放しでもしたらどこへ向かうか自分でもわからない。 「曇りの予報やったのに、今朝んなって降られても困るわ。朝練メニューも変更なるやろし」 「そっか、テニス部……だけじゃなくて、運動部はそういう事も考えなくちゃ駄目なんだ」 「せや、あかんねや。うんざりすんのが当たり前て思わへん?」 流れる車や街並みを背景に、すっきりとした片頬を傾げて語る白石君の目が優しい。 私は声を立てて、でもできるだけ響かないよう堪えに堪え笑った。 「うん、思う。朝になって急に雨だと大変そう。昨日は晴れてたから、本当に急に雨予報に変わったんだね」 きのう、と自ら言葉にした後で胸の奥を揺さぶられる。 昨夜重ねた緊張が蘇った心地がして、だけどよく似ているだけでまるきり違うもののような気もするから、二の句が継げなくなってしまう。 調べを奏でる雨粒のささめきが沁みて柔らかい。 傘布を絶えず打ち、路面を黒く染めて、端の方で浅く薄い川を作り、足元で細やかに飛び跳ね、大通りを滑る車の余韻を長く引き伸ばす。 白石君は生憎の空模様を嘆いていたけれど、私はちょっと違うのかも。 高鳴りながらもどこか穏やかに凪いだ心で呟き落とした。 今日が見事な晴天だったら鼻先を下げた所で表情を隠せなかっただろう、陽射しを遮る分厚い雲がなくば戸惑う視線の行く先について看破されていたかもわからないし、降りしきる無数の雫のお陰で静寂が紛れ、口を結んでいても気詰まりにはならない。 学校へ続く道を選び歩む内、家と家の間の通学路に入り、朝の忙しい時間帯に集中する車の群れから離れていく。 白石君のようにできた人が一体どんな時に使うというのか、近道見つけてん、と入学したての頃に誘われた公園へ辿り着いても尚、今朝の私の味方が止む気配はなかった。 しとやかに濡れて息づく木々の緑が綺麗だ。 ベンチの金具にぶつかったり乗っかったりしている雨雫に、透明な光が映り込んでいる。 煉瓦づくりの道は雨でつやつやしてい、磨き抜かれた別の素材みたいだった。 傘を支える銀色の細い棒を肩に掛け、左手をポケットに潜り込ませた白石君が、案の定水漬いてしまっているラケットバッグを軽く背負い直し、よく馴染んで聞きやすい声を紡ぐ。 「さんは、日直か?」 あんまり深く響くから、すぐに答えられなかった。 「…え?」 「いや、え? て。そないハトが豆鉄砲食らったみたいな顔する事ないやん」 「……そんな顔、してた?」 「めっちゃしとったし今もしとる」 俺ら朝早くに会わんやろ、せやから珍し思ただけ。 宥めるような包み込むような、たおやかな物言いに心臓が淡く渦巻く。次いで血流に乗った丸みを帯びた熱が頬に火を灯し、掌の内側、指の五本とも、爪の先まで振るわせてやまない。 可愛いと一目見て気に入った傘だったが、今は単なる体の良い隠れ蓑でしかなかった。 差し掛けていたささやかな天幕をぐんと引き落とし、本当は自分の家にいても落ち着かず、キッチンから天気予報を映すテレビを見、嫌ね、雨なんて聞いてない、洗濯物どこに干そうかしら、私に話し掛けているのかいないのかわからないお母さんの方を向けなくて、朝ご飯もそこそこに出てきた事を無理矢理仕舞い込み、うん、そうなの、と白石君に真っ赤な嘘をつく。 教室でぼんやりしていれば済むだろうと目論んだのだけど、こうも早々に体裁を崩されていては危うい可能性も大いにあり得る。 慎重に肺を膨らませては萎ませを繰り返し、小道を進んでゆく途中、雨粒を弾く布地の上から密やかな声が降って来た。 「…会えたんはええけど、傘が邪魔やな」 はっと仰のき、不思議な反響を伴う音の在り処を見遣れば、大きな傘がもたらす薄い闇の奥、切れ長の双眸がごく静かに煌めいている。 「えらい話しにくい」 どことなく困った風に呟き落とされ、ちょっとだけ恥ずかしそうにも微笑まれると、背中の後ろが煮溶け揺蕩って一瞬でざわめく。 滴る水滴の冷たさへ体温が伝染し始め、縮こまっていたはずの舌がほとんど勝手に動いた。 「でも私は、傘があってよかったな」 いつもと変わらないで見える白石君が纏う雰囲気や声音も、いつもと違って感じるのだ。 雨濡れの朝、お互い別々の傘の下にいるからだろうか、と独りごちながら丁寧なまばたきを心掛ける。 声の聞こえ方と深さ、等しくただ一人の人が私にくれるものなのに、ちっとも同じに受け取れない。 明るい陽光の中を差す音、今日みたいな雨降りに混ざるもの。 たとえば夕暮れの街に流れてゆくと、なにか寂しかった。 空気を伝う伸びやかなひと言、制服越しに耳にする、内緒話のトーンで囁き、いやに籠もって鼓膜を弾くのに忘れられず、傍近くで話していると時々眠くなってしまう。 それから、真っ暗闇の中で聞く声。 剥き出しの肌と肌をくっつけた時が一番甘くてかなしい。 優しいささくれが胸の内をあまやかに引っ掻いて、撫で摩り、染み渡る温もりと一緒に触れてくる。 昨日は、はじめての事尽くしで何をどうしたらいいかひたすら戸惑い、人生で一番の緊張で全身が固まって、視点も一向に定まらなかった。 胸の軸が撓んで早鐘を打っている。 最早座り方もわからない。 折り畳んだ足の上、スカートの裾に置いた指先までみっともなくがたつく。 しかし真向いであぐらをかいていた白石君はといえば、私の様相があまりにあまりだった所為だろう、ほんまごめん、と静かに前置きしたのち、耐え切れないとばかりに肩を揺らして大笑いしたのだ。 頬に溜まっていた血の塊がカッと沸騰した。 ひどい。そんなに笑う事ないじゃない。 恨みを込めて罵っても、戻る声は底無しに柔らかい。 せやから先に謝ったんや。 お腹を抱え、目の端に涙を湛えながら言われた所で素直に受け取れず、しかめっ面のまま白石君の部屋のラグマットを睨みつけていると、きざしもなく音が途絶えた。 顔を持ち上げるより早く重たい掌に右肩を包まれる。するりと撫でられて、離れぬまま、二の腕辺りへ添えられた。 包帯越しでも伝わる肉刺だらけの硬い感触。 肌が粟立ち、比喩ではなく全部が震えた。 嫌やったらちゃんと言うてな。…けど、あんま怖がらんといてくれたら助かる。 揺らぐ声のお陰で雷に打たれた思いだ。 違うよ。元々怖かったわけじゃないの。 否定しようと背筋を伸ばした一秒後、思いもよらない力強さで抱き寄せられ、反論は降り落ちるキスに封じられて消えた。 少しでも明るいのがとにかく恥ずかしい、私の必死な訴えを白石君は誠実に、ある種の完璧さで以って聞き届けてくれた。 人によってはうんざりするわがままだったろうに、嫌な顔ひとつ寄越されず叶えきって貰えたのは、おそらく相当に幸せな事なのだ。 過ちなどあるはずもなく、感激にうち震えるべきで、困ったり笑ったりする方がおかしい。 けれど、誰がどう考えてみたって――暗すぎた。 ほとんど懇願に等しい頼みごとを丁寧に拾い上げられ、カーテンどころか雨戸までびっちり閉められた室内に濃い闇が蓋を落とす。時間帯も相まって、余程近づかない限り顔色一つ窺えない。 妙な間が走り、最初に笑ってしまったのは私の方で、窓際に立っていた人は振り返った様子だ。 締まらない緩んだ声の後を、低く笑んだ気配が追い掛けてくる。益々おかしくて、何気ない呼吸さえ楽しげに弾む。 なんにも見えなくなっちゃった。 笑い事ちゃうで、自分の部屋やのにどっかぶつけて転びそうや。 気をつけて、白石君。 言うてる場合か? よう知らん部屋におるさんのが危ないんやからな。 じゃあ、じっとしてるね。 ふと静寂に包まれ、床を踏む音が耳たぶの傍をくすぐった。 息を殺しも詰めてもいないのに何も聞こえない。ただ、温もりが少しずつ近くなる。ラグの微かに毛羽立った表面の撓りが、不思議な事に体の奥でこだました。 正面から屈み込まれた気がして、ベッドの端に腰を下ろしたまま首を反らす。 目には見えないのに、何故だろう、大好きな人の綺麗な顔がよくわかった。 広い掌に両肩を支えられ、薄手の上掛けとスプリングの軋みを背中で感じ、つくられた夜陰に慣れぬまま右手を伸ばす。 ようやく触れた頬の線と輪郭、指先の甲や爪に降りかかる前髪の筋。 親指で瞳の下の薄い皮膚を辿り、少しだけ微笑まれたと思った瞬間、手首を取られて喉の横へ落とされる。 息を上手く継げず、死にそうなくらい鼓動が速い。 黙りこくった空気に押し潰されかけ、つい本音を零してしまえば、俺も死にそう、ささめきごとが顔のすぐ上で伝い崩れてきた。 悲しくも寂しくもないのに涙が眦に浮く。込み上げた熱の塊で舌の付け根が塞がれる。唇が弧を描き、しらずしらず瞼も下りた。 二重の暗闇の中、白石君の声に触れる。 耳だけじゃなく、何も映せない目や鼻先、指と肌、心臓で、呼吸で、全身で知っていく。 胸に差し込み、回り巡る響きがひたすら穏やかに甘い。 怖くないかとまた聞かれたら今度こそ絶対に否定しようと心に決めていたのに、二度は口にされなかった。 「さんはどや。話しにくない?」 雨に洗われる朝が、昨夜見えなくて知る事の叶わなかった彼の姿形を連れてきてくれる。 思い出と呼ぶにはまだ真新しい記憶をなぞっていた私は意識を呼び戻し、かぶりを振って笑った。 「話しにくいよ?」 いつだって理知的な瞳がまん丸になって瞬く。 「……どういうボケなん、それ?」 こんな風に時折見せてくれるようになったいくつかの綻びが嬉しくてなんだか可愛いから、また笑ってしまう。 「ボケてるつもりはないけれど…でも矛盾してるよねって思ってはいるかな」 「相変わらずにこにこしてても冷静やなぁ」 「全然冷静じゃないです」 「おまけにまた敬語使う。いつその畏まったヤツが完璧に取れるんかなて考えてしもて、俺は気ぃ遠なりそうや」 冷静なのは白石君の方だよ。 言葉にはせず、そっと大切に思い返してみる。 何も纏っていない左手の温度や乾いた肌の匂い。びっくりするくらい熱いところと、狭間で吸う空気の冷たさ。すごく優しいけれど手加減をしているわけじゃない、分厚い掌の辿り方に火を熾された。体の底が波打ち、どうしようもなくなって、沸き上がる汗と溢れ零れた涙がいっぺんに乱れて区別がつけられない。 額に張りつく前髪をよけてくれる指筋が硬く骨っぽくて、テニスをする為に在るはずだった腕にかき抱かれ、これ以上ない近さで混ざり合う。 上擦った声が熱っぽく掠れるのを感じる都度、心臓が破裂寸前にまで膨れ上がった。 間近に落ちる切れ切れの呼吸が意識をとろかす。 荒く揺さぶられ自分が溶け崩れていっても、それでも好きだと深く感じた。何度も、何度だって伝えたかった。なのに言えない。気持ちを繋げられない。 体が心に追いつけない事がこんなにもどかしいだなんて、この人と出会う前の私は想像すらしていなかった。 「…傘があるとね、得した気分になるんだ」 ぽつりと呟いた私を見、白石君がよくわかっていないような顔をする。 微笑ましく思いながら付け加えた。 「聞こえ方とか見え方とか、色々違うでしょ?」 「それ傘やなくて、どっち言うたら雨の所為やろ」 「白石君は何が原因だったらいいの」 「………急に禅問答みたいなんが始まったな。どないしてん、さん」 「私、辛い修行は嫌だな」 「俺かてそんなんしたない…ってちゃうちゃう、話が脱線しとる」 雨は段々と小止みになっている。 声の響きが二人で歩くごとに移り変わり、一つとして落としたくない衝動に駆られてしまい、本当は傘の下から飛び出したいのをぐっと堪えて我慢する。 「どうもしてないよ。嬉しいだけ」 「雨降りがか?」 「微妙に違うかなあ」 「違うんかい。朝から難問出さんといて」 「難しかった?」 「難問中の難問やな。まあ自分が楽しそうなんはええねんけど……ちょっとはぐらかしとるやろ」 なんで、と訳を問うてくる揃いの瞳が、本当に不思議そうに傾いでいる。 昨日の今日だというに彼の中では結び付かないのだろうか。 普段通りに冷静なのか妙な所で鈍感なのか、はたまたわざと思い当たらないポーズを取っているのか、正解の選択肢が読めない現状に異を唱えても良さそうなところだけど、ここは満面の笑みで以ってお答えしようと思う。 「さて、どうしてでしょう?」 「………いや……あのな。……ええー…?」 言葉に詰まり僅かに目を伏せて、持て余したよう利き手で後頭部を掻き遣り、照れ臭そうにしている白石君が、私は大好きなのだ。 雨避けの柄に両の指を重ね傾けると、湿り気を帯びた空気が入り込んで来、置き場に困ったのかもしれない、包帯色の手を顎に添えている人の、整った横顔がよく見える。 今にも溢れ出しそうな想いを心の中でかたどってゆく。 本当に優しくしてくれてありがとう。 でもずっと優しくしてねってお願いしたいわけじゃないんだよ。 いつもみたいに優しくない時も、切羽詰ったようきつく抱き締められたとしても、たとえば形のいい瞳に知らない色が染みてふるえる瞬間だって、怖いけど怖くない。ほんとはちょっと嬉しかったりもするの。 それを頑張って伝えるから、ちゃんと聞いてね。 「白石君」 呼び掛けるが早いか、ふっと現れた元の表情がなだらかに私を見遣った。 「…ん? なに」 胸の真ん中が淡い音を奏でて回り出す。 彼曰く‘うんざりする’雨だけれど、私は今、すごく幸せだ。 抑えようのない笑みが口の端へと浮かび馴染んでいく。 「私のこと怒らないでいてくれる?」 「唐突やなあ。今度は何考えてるん?」 怒ったりせえへんで、と続ける人の眦がやんわり緩んでいる。 「そもそもや、今まで意味もなくさんに怒った事あったか」 「ううん。ないです、ありません」 「こら、今のは怒るで。言うた傍からまた敬語使うのやめなさい。距離取られたみたいで傷つくやろ、俺が」 有言実行の白石君の事だ、きっと本当に怒ったりはしない。現に怒ると宣言した今の声だって掛け値なしに優しかった。 湿った風が肌を柔らかくゆすぎ、清涼感すら覚えてしまう。 短く息を吸い込み断ち切った。 昨日のリベンジも兼ねて、迅速に、さっと素早く傘を畳む。 白石君が、え、とか、何、とか、濡れるで、の形に口を開くか開かないかの瀬戸際、思い切ってジャンプした私は勢いのままに彼の大きな傘の下へと飛び込んだ。 |