失せ物探しのひみつについて 我が家への道のりには2パターンある。 遠回りになるがゆったりとうねる坂道を行くか、近道だけど急でかなり長い階段を上っていくかのどちらかだ。 長年培ってきた経験で所要時間はある程度把握していたから、時と場合、天気や季節によって使い分けていた。 例えば後者は他の季節ならまだ頑張れるものの、夏場など地獄の有り様と化す。 ただでさえ息が切れる試練の階段なのだ。炎天下ではどうなるかなんて、想像に容易い。 だから毎年梅雨明けからはゆとりある回り道を行くはずなのだが、今年の夏は少し違った。 大きなバス通りから横に入り、地元の人しか知らないだろう細い道を進んでいく。 3分もしない内にそびえ立つコンクリートの階段が見えてきて、噴き出る汗を拭った。言うまでもなく暑い。 徐々に高鳴る心臓を抑えながら右に左に曲がり伸びている段の終点へ目を向けると、底抜けに青い空と立派な白雲が一緒に視界へ映り込む。 肌を刺す陽射しは木々の緑や庭先で咲く向日葵、坂に沿ってみっしりと詰まった家々の屋根、凶悪な太陽光に侵略され縮こまった影、街並のあらゆる色彩を濃く浮き立たせた。 家と家の間を縫うようにして作られた急階段を前にした私の心は、これから迎える灼熱の時間と裏腹に弾んでいる。 ハンカチであらかた身を整え、よし、と気合を入れ直す。 だって今日は金曜日だ。 柳くんに会えるかもしれない。 初めての邂逅は、まだ雨の匂いが漂う時期だった。 傘を叩く雫の音は柔らかく、よく耳にするゲリラ豪雨といった物騒な名称から程遠い。 人の気配が雨に紛れてしまう午後、湿気はすごいもののまだ夏前と言える範囲内だ、迷わず近道を選んだ私はたらたらと階段を上っていた。 生まれがいつかは知らないが私よりずっと先輩なんだろう、見るからに年季の入ったコンクリートは所々に水溜りを作っていて、避けようにも普通の道とは違う、一段一段の幅が狭くどうしても靴を突っ込ませるしかない部分もあり、ローファーは跳ね散った水滴にまみれてしまう。 階段横の排水溝を雨水が流れ落ちる。 ここ3日降り続いた所為でなかなかの水量だ。 バスも電車も混み合うし、遅延の元でもある雨模様にうんざりしていた私は、食べ物よりまず自分のが腐りそうだよ、などと溜め息を吐いた。 傘を差していても、制服、鞄、髪の毛、とにかく全部がしっとり微かに濡れている。 生乾きみたいな匂いになったら嫌だなあ。それとももうなってるかな。 急に気になり出して襟元辺りに鼻を近づけるついで、右手にあったプラスチックの柄を持ち替えると、一瞬階段の上の方が垣間見えた。 誰かいる。 周辺の住民には恐怖の長階段と恐れられているから、ここですれ違うのは珍しい。 あえて通る物好きは限られており、かくいう私も自分以外にこの階段を使う人がいるとは考えておらず、また見掛けた記憶もほとんどなかった。 ちらと映った人影に好奇心をくすぐられ、傘の角度を変えてみる。 止まない雨の中、その物好きさんは長い足でそびえる段を踏み越えてきた。 大きな傘だ。男物だろう。 格好からして学生らしい。スニーカーの底が黒かった。 ズボンの裾は雨粒に濡れてしまっている。傘を持つ右手首にリストバンドをつけていて、よく見ると歩む都度揺れる左手の方にも同じものがある。 中央に設えられた鉄製の手摺を挟み、私は向かって左を上る途中で、彼はといえば右側を下りていた。 傘を通して落ちてくる雨音が鼓膜に滴り、耳朶へ当たってばらける。 なんとなくではあるが表情の窺える所まで近づいた時、自動的に背筋がピンと張った。 (――柳くんだ!) 唇を引き結びながら心の中では大絶叫である。 最後に会ってゆうに数年は経っているから絶対と言い切れないはずなのに、どうしてか強く確信した。まさか、もしかして、なんて一秒たりとも思わない。 背は伸びているし髪型も違う、だけど確かに柳くんだ。 纏う雰囲気はあの頃よりずっと大人びているけれど、彼を彼たらしめている芯の部分は変わっていない。純和風の顔立ちにだって面影がある。 雨に濡れた足音が上から降ってきていた。 距離が縮むにつれ、ずば抜けて高い身長を思い知る。 黒塗りの柄を握る手の甲は大きく、まだいくらか離れていても筋張っているのがわかって、くるりと回された指が長い。 心臓がこめかみまで上がってきたみたいな心地だった。速まる脈が騒音かと顔を顰める程うるさい。 喉が鳴る。 掌と指の間にうっすら汗が浮き出、震えてくる始末だ。 うわあどうしよう、すごい偶然、声かけてもいいかな、なんて言おう。 動揺と感激の混ざった感情をなんとか抑え込みつつ第一声を懸命に考えていたら、肩が並ぶまで残すはあと6段という所で、湿った空気を電子音が切り裂いた。 おそらく初期設定のままなのだろう、ありふれた着信音だ。 私のものじゃない。 ポケットから音もなく携帯電話を取り出した柳くんが、まっすぐ揺らがない姿勢を保ち、あの頃と変わらず薄い唇を開く。 「ああ、俺だ。どうした?」 耳に雷が落ちたかと思った。 激しい電流をもろに食らった三半規管が狂って、眩暈に似た感覚が体全部を覆い、痺れた脳はぐらぐら揺れ出す。 ごく控え目に言っても、すんごくいい声だった。 声変わり前の女子と大差なかった頃の記憶しか持っていなかった私は、突然叩きつけられた時間の壁に慌て、話しかけようとしていた事も忘れて咄嗟に目を逸らしてしまう。 通話を続ける柳くんの横を足早に通り抜け、逃げ出した猫さながら駆け上がる。 やがて階段の終点に辿り着いても、乱れに乱れた息と鼓動が振り向くのを許してくれなかった。 水溜りがあろうとお構いなしに走ったから、ローファーどころか靴下にまで泥水が跳ねている。鞄には所々雨の染みが出来てい、制服のスカートが傘だけでは受け止めきれなかった雫を浴びて濡れた。 自分に向けられたものですらなかった。 ただの話し声にここまで心を掴まれた経験なんて、記憶を探っても探っても見つからない。 柳くんは私が小学生の時にクラスへやってきた転校生だった。 男子の半数以上はわあぎゃあ騒いでふざける年頃、というか中学三年生の今でもわりと男の子ってそんな感じだ、ともかくそういう空気の中で彼のように落ち着き払った子はいい意味で目立つ。転校生というイレギュラー感も相まって、特に女子から注目を浴びた。 物静かなので無口かと思いきや話しかければ必ず答えてくれ、会話も一言二言で終わらずに続く。 クラスの女子が呆れるバカ発言は決してしない。 びっくりするくらい物知りだ。柳は生き字引だな、などと言って先生も舌を巻いていた。 頭の回転が早く、成績は優秀。おまけにテニスがとても上手で運動神経も抜群とくる。 あ、なんか次元の違う人が現れた。 確かめ合った事はなかったけど、彼を間近で見たクラスメイトは共通の感想を抱いたに違いない。 柳くんを嫌いな子なんて絶対いないよね。 根拠なき確信と彼特有の謎の説得力に深く頷くばかりだった。 そんなスーパー小学生と自分で言うのもなんだが凡人の域からはみ出やしない私の接点は、隣の席という至極単純なものである。 転入直前に行われた席替えで、たまたま隣人のいない場所を引き当てていたおかげだ。 一番後ろ端のぼっち席を恨んだ日もあったが、柳くんの登場で寂しさは吹き飛んでしまった。 好奇心のかたまりであり、人見知りもしない質だった私は、臆する事なく話しかけた。 先生からは、隣の席なんだから教えてやれよ、と教室や学校内の説明を申し付けられ、一番初めに音楽室の場所を教えた気がする。 掃除当番が回ってくれば、用具の場所や掃除の仕方をなるべく手短に、わかりやすく伝えるよう心掛けた。 転校生の柳くんがまだ揃えていない教科書を見せてあげた事もある。二つの机を引っつけ、一つの教科書を眺めるのはなんだか楽しかった。 彼は小学生ながらに出来た人で、さぞや小うるさかったであろう私を鬱陶しがったりせず、くだらない冗談に笑い、時には突っ込んでくれさえして、そればかりか大変礼儀正しかったのだ。 「すまない、ありがとう」 私の行いにいちいち礼をし、絶対無言の内には終わらせない。 柳くんから貰う、ありがとう、はとても誇らしかった。 他の誰に言われるより嬉しくて、6年生の最後の方は親切心というよりその一言が聞きたいが為に余計な世話を焼いていたようなものだ。 恐ろしく迷惑である。 今にして思えばちょっとは遠慮しろと思う。 ことごとく付き合ってくれた風変りな転校生は、本当に海の如し広い心の持ち主だった。 思い出深い出来事はいくつかある。 いつかの放課後、プール横に位置する花壇や水道近く、しゃがんでいるのを見かけた。 ぎりぎりまで友達と喋っていた所為で下校時間はいつもより遅くなっていたが、通り過ぎるという選択肢は浮かばない。 「柳くんどうしたの?」 「か」 突然声を掛けたのに柳くんは驚きもせず、首から上だけでこちらを見遣った。 隣で足を折りランドセルを下ろす。彼が眺めていた辺りに注意深く視線を走らせてみたけど何ら変わりはなく、季節の花々が風にそよいでいるのみだ。 「ペンが一本見つからない」 「えっ! 落としちゃった?」 「おそらくな。今日、理科の授業でこの辺りの草木を観察しただろう、その時に落としてしまったのかと思ったんだが」 ないようだ、と答える口調はあくまで冷静、常と変わらず落ち着いていて逆に焦る。 どうしてか無性に、なんとかしなきゃという気持ちに襲われた。 「今日歩いたとこ、全部見た?」 「見た」 「裏門は?」 「鍵がかかっているから、明日先生の許可を得てからにしようと考えていた」 淡々と連なる言葉に揺らぎはない。 「でも……大事なものじゃないの?」 「そうだな。おじから貰い受けたものだから、失くすわけにはいかない」 なさ過ぎて、違和感が凄まじかった。 ええー! ちょっと、じゃあなんでそんな他人事みたいに落ち着いてんの!? いつもだったら騒ぎ立てる所、不可解な圧力によってぐっと締めつけられる。 「なら早く探そう。私手伝うよ」 言うが早いか膝を伸ばす私を柳くんが見上げた。 気のせいかもしれないけど、瞬間の動作に彼らしい機敏さを見出せない。尚焦る。 「鍵がかかっていると言ったはずだ」 「大丈夫、門って結構よじ登れるものだから」 「怪我をするぞ」 「そんな高い門じゃないもん。なんとかなるよ」 引き止める声を置いて、ランドセルを抱え歩き出すと、静かな空気の震えが背中に当たった。 「、よせ。いい」 振り返る。 しゃがんでいたはずの柳くんは立っており、生まれてからずっと曲げずにいたのではないかとつい疑うくらい背筋をしゃんと伸ばしていた。 「なんで?」 「……それは俺が聞きたい。何故そこまでしようとする」 返しに一拍の間がある。 表情に出してはいないものの、やっぱり今日の柳くんは変だ。 第六感的なものを働かせた私は自分の気持ちに似合う言葉を選んでいく。 「だって、大事なものなんでしょ」 「そうだが……あくまで俺にとっては、だ。お前のものではないだろう」 「ねえ柳くんはさ、理由がなくちゃなんにもしちゃいけないって思ってたりする?」 「…………何?」 おかっぱ頭の、静寂という表現がぴったりの男の子が少しだけたじろいだ。 「まーいいじゃん、なんとなくそうしたいから、ってだけでも! 柳くんだって、私が大事なもの落として困ってたら助けてくれるんじゃない。そういう時って理由とかあんまりないよね。えっと…条件反射? みたいな?」 冷静な柳くんと対比するまでもなく我ながらバカ丸出しだなと感じたので、段々恥ずかしくなってくる。 とりあえず行ってみるだけ行ってみようよ、半ば無理矢理会話を断ち切りもう一度歩き始めたら、 「。本当にいいんだ」 さっきの比じゃなく、力ある声が静々と響いた。 「探しても見つからない、という事は多々ある。俺が……自分が、置いてきてしまったというのなら尚更」 お前の手を煩わせては申し訳ない。一人で対処しなければならない事なんだ。 続きがひどく頼りない。 決して聡くない私でさえ、ペンの事だよね? と確かめたくなる不安定さだった。 来た道を戻り歩み寄っても柳くんはぼうっと突っ立っているばかりで、子供離れした人の普段は隠されている小学生の部分が露わになっているのかもしれない、なんとなく感じ取ってしまう。 「けど、柳くんはわざと置いてきたんじゃないんでしょ?」 反応らしい反応はない。 柳くんのさらさらとした前髪が、風に吹かれ流れていた。 「よくあるよ、そんなの。私もね、別に失くすつもりも落とすつもりもなかったのにないって事ある。一生懸命探してもダメなの。それで、忘れた頃に出てきたりするんだよ。 お前こんなとこにいたのか! ずっと探してたのに! 今までどこいってたんだ! ってなってさ。 だからあの……柳くん、もし失くしちゃっても、いつか出てくるかもしれないよ。ある日突然ひょっこりーみたいな感じで、意外と」 だから元気出して。 とは言えなかった。言わなかった。 私は転校した事がないから、突然知らない街に連れてこられた気持ちなんてわからない。 柳くんが前住んでいた所に何かを置いてきてしまったとしても、一緒に探してあげる事は出来ないし、それがどんなものなのかと踏み込んで尋ねるのも躊躇われた。 ただ、クラスの誰よりしっかりしていて大人っぽい柳くんがどことなく寂しげなのは、とても寂しい。 何も出来ないとわかっても、行動せずにはいられなかったのだ。 幼いなりに知恵を絞って言い連ねたのだが、当の本人はうんともすんとも言わず黙りこくって佇むばかり、答えを待つ身としては気が気じゃなかった。 むしろ私ここにいない方がいいんじゃ、柳くんだってそっちのが気が楽かもしれないよね、今更自分の図々しさに焦り、つま先が迷い出したと同時、 「………そうかもしれないな。、ありがとう」 ようやくいつもの言葉が聞こえ、思わずへらっと頬を崩してしまう。 それを見た柳くんの目尻はほのかに滲み、唇の端がゆっくりと持ち上がって、仮にも女の私よりずっと綺麗に微笑んだのだった。 中学三年生になった今でも時々、回想するこのエピソードには後日談がある。 結局、柳くんのペンは翌日無事見つかったそうだ。 多分、先生に事情を話して一緒に探して貰ったのだと思う。 曖昧なのは詳しい過程は明らかにされずお昼休みに、 「あったぞ。門のすぐ傍だった。よく見て回ったはずだというに、見逃していたのは俺の落ち度だな」 とだけ告げられたからである。 だけど私には詰め寄って聞くつもりなど元からなく、よかったね、と簡潔にではあるが心から祝った。察してくれたのか、柳くんが頷いて笑う。 なんの話だよと周りにいた何人かが茶々を入れ、何でもない、と笑むばかりで語ろうとしないスペックが一桁違うであろう英才に首を傾げているのがおかしく、昨日の事が二人だけの秘密のようでこそばゆかった。 日々はつつがなく過ぎていく。 あの放課後を除いて、いつも、どんな時でも、柳くんは私が初めに抱いた印象のままだった。 頭がいい。大人っぽい。折り目正しく、悪ふざけを嗜めつつ付き合ってくれる、優しい子。 冬の気配が増す頃、学区内の公立中学校へ進学するつもりだった私は人づてに柳くんが文武両道で有名な私立の立海を受験すると聞いて驚いた。と同時に納得もする。 柳くんなら受かるよね。だって柳くんだもん。 聞くまでもないと思っていたので、進路について話す事はなかった。 迎えた卒業式、人だかりにはなっていないが生徒や先生にちょくちょく声を掛けられている彼を遠目に、私は6年間通った学び舎を後にしたのである。 それきり、約3年。 前触れのない再会はまったくの偶然で、不思議な縁と言うしかない。 雨降りの帰路、折角の機会を棒に振った私はいたく後悔し、再びの出会いを祈りながら近道を通り続けた。 自分史上最大級に神経を研ぎ澄ませ、周りへ油断なく目配りし、一歩一歩噛み締めて歩む。 一週間巡っての金曜日、あの日と同じに彼が下ってきたのを目にした時の浮かれようはひどいものだった。 夕方か夜遅くから降水確率が跳ね上がる予報は正しいらしく、朝は快晴と言っても良かった空を今にも雫を叩き落としてきそうな雲が覆っている。 どんよりと重い空気の中にあって、柳くんだけは街を包む灰色にすっと溶け込みながらも確かな存在感を放つ。 声を掛けよう掛けよう、繰り返し思っているのに、いざすれ違う瞬間になるとどうしても気持ちが挫けた。 俯く。 顔を背ける。 たった今メールが受信されましたよという体で携帯を取り出したり、靴に小石が混ざったフリをして屈んで履き直してみたり、無意味に誤魔化してしまう。 当然、一度も目は合わない。 そうして幾度となく逃げていたら、見事に話しかける機会を失ったのだ。 柳くんだよね、と声を掛けてお前は誰だなどと返されたらもう立ち直れる気がしなかった。 大体向こうが私を覚えているなら、話しかけられるまではいかずとも視線をちょっと向けたり、それとなく確かめる空気を出してもおかしくないはずである。けど柳くんは機械じみた正確さで粛々と段を下りるだけで、こちらを気にする素振りをちらとも見せず、僅かな風を置き土産に去っていくばかり。 (忘れてるんだ) もしくは、自分ではそんなに変わったつもりはないけど、昔と私の見た目が変わってわからないのかもしれない。 悲しき事実に最初こそ失望したが、一瞬の邂逅にて感じる喜びの方が何にも勝った。 こっそり眺めているだけでも嬉しくて、やたらと懐かしい。 通い詰める内、毎週金曜日の夕方頃に下りてくるのだと知る。 地獄の長階段を上りきった先にある市立図書館から出てくる所を二回ほど見掛け、目的はここだったのかと一人合点した。 ある程度の法則は見出したものの、勿論会えない日もあって、そんな時は今日は外れかあと坂の上で溜め息を吐く。 高台から見下ろす街は、7月の太陽に照らされぎらついていた。 その分すれ違う日は、最初は何かにつけて避けていたのも忘れてゆっくり歩こうと心掛けた。いつもの歩幅で過ぎてしまっては勿体ない。 目が合わなくても、真正面から顔を見る事が出来なくとも、同じ空気に触れているだけで充分だった。 ほんの十数秒しかない時間でも地道に重ねていれば、知らずにいた事が明らかになっていく。 柳くんは背だけでなく、体のつくりも小学生の時とまるで違う。 肩が広い。 指や足だけじゃなくて腕も長い。 半袖のシャツから伸びる手はどちらかといえば細身に分類されるだろうが、それでも筋肉のすじが見て取れるし、肘の骨は硬そうだった。 梅雨明け前より少し焼けた肌に青白い血管が浮き出ている。 涼しげな目元は日に日に高まっていく気温を寄せつけず、見た者を不快感から解放した。 夏虫のわななくさ中、人家の庭先からはみ出した木の葉は頭上にて生い茂り、濃く暗い色の葉影をコンクリート造りの階段に描く。柳くんが光に溢れた所からその枝葉の下に入ると、彼特有の清涼な雰囲気がよりいっそう増した。 体格の割に足音が静かだ。 夏の陽射しを反射する髪が艶めいて輝き、隅々にまでばら撒かれたきつい光の粒が肌や制服の上でさざめいている。 歩く姿は凛としていて、文句なしに美しい。 見つめる一瞬、時間が止まった。 死ぬほど高気温だろうと大雨の予報がされていようと、金曜日だけは必ず階段を通った。 スで始まってカーで終わるアレだと揶揄されようとも関係ないと跳ね除けられる自信はあったけど、私ってバカだなあとも思う。 明るい自虐を否定する材料も打ち明ける相手もないまま夏休みに突入する。 長期休暇期間だからか、柳くんは夕方ではなく昼の暑い盛りに現れるようになった。 知ったのはこれまた偶然で、休み前と同じ時間帯だろうとわけもなく決めつけていた私は、 『今しがた手中に収めたバケツアイスを食さんとす。遅れれば元より亡きものと心得よ』 という姉からの勇ましいメールに釣られ、本屋に向かわんと一度出てきた家に戻る最中だった。 必死になって例の近道を駆け、中程まで辿り着く。息を整えようと背筋を伸ばしたら、すぐ傍に柳くんがいた。 相変わらず限りなく静寂に近い足音と共に下りていく。この時ばかりは高速で振り返った。 初めて見る背中が、世にはびこる一般的男子学生からかけ離れて綺麗に伸びている。 段を落ち下るごとに揺れる髪の毛は幼い私が記憶している形より短く、図書館で借りてきたのだろうか、小脇に本を抱えており、才知に優れたイメージは変わりない。 可能な限り見尽くしたのち、内心頭を抱え手痛いミスにのたうち回った。 (バ…バカ! 私バカ!?) 貴重な機会を自ら潰したと帰宅してからも引きずる。 アイスは食べた。 ひんやり甘い味に舌を泳がせている間に回復していき、でもおかげで夕方じゃなくて昼間ってわかってよかったじゃん、現金に立ち直ったのである。 カレンダーは8月までめくられた。 第一金曜日、すれ違う事が叶った。やはりゆっくり歩く。 第二金曜日、外れの日。肩を落として灼熱の階段と戦った。 彼が今でもテニスを続けているのであれば、夏は大会の季節だ。 金曜日の法則が通用しなくなる可能性が高い。いやそれどころかもう二度とすれ違う事はないのかも、考えるだけで冬の心地になった。 窓の外から蝉の声が激しく、差し込む陽射しは室内にもかかわらず熾烈を極めている。風鈴の音だけが耳に涼しい。 ※ 今夏一番の早駆けである。 世間はお盆休みとやらを迎え、Uターンラッシュ云々とニュースが伝えて来、両親共に在宅時間の増加する週間だ。 二人は朝から仲良くお出かけ、姉はお付き合いしている人と海に行くと言っていたので、現在自宅には誰もいなかった。 今日は金曜日じゃないし、時間帯も4時過ぎなので、まず出会わないだろう。 よって、なりふり構わず走った所で痛くもかゆくもなんともない。 呼吸が大いに乱れ、髪の崩れも気にしていられないくらい焦りに焦っているのは、姉からの指令を受けた時にいた場所が友達の家で、達成するには大急ぎで帰宅しなければならないからだ。 彼女の信奉するアイドルが夕方のニュース番組にちらっと出演するらしい。録画予約を忘れたからしておくように。 そういう事だった。 年長者にとって年の離れた弟妹など使い勝手のいい駒である。いや世にはそうではない姉や兄がいるのかもしれないが、少なくともうちの姉は割と絶対王政だ。時々気まぐれに恵んでくれたりもするけど。 幼少時から体に叩き込まれた上下関係が、両足に死ぬ気で走れと鞭を飛ばす。 出来てなかったらはっ倒すとまでは記されていないにしても、怒りを買うのは間違いないだろう。お土産に駅前のアイスケーキを買ってきてくれると言っていたから、それもなかった事にされるかもしれない。 人を殺す勢いで降ってくる陽射しの中、急角度で立ちはだかる階段を上っていく。 玉のような汗が噴き出、首周りに幾筋もの髪の毛が張り付いた。 熱気の塊じみた空気を吸い込む肺は膨張し、胸の奥でせわしなく暴れている。はためくスカートがうざったい。 最悪のケースを予想し回避せんと懸命になるだけ足元へ気がいかなくなり、案の定とある一段で盛大に突っ掛かった。 つま先がコンクリートに激突し、いやに浮遊するのは空回りもつれた足だ、顔面から傾いた体にとてつもない怖気が走る。 ひゅっと息が喉に引っ込んで消えた。 見開いた目は凶器と化した階段を映してい、何がどうとか考える前に腕はすぐ傍の熱された手摺を抱く。 まさしく、溺れる者は藁をも掴む。 「あ……っつう!」 転ばずには済んだが長く触れてはいられない温度である。 耐えきれず叫んですぐに離すと、くずおれた膝が階段の端にぶつかり、肩から下げていたトートバッグの中身が音を立て散らばっていった。がっしゃんばっさばっさと耳に届く響きは豪快そのもので、確認するのが恐ろしい。 ああやらかした、と背中が情けなく丸まる。 どこかの拍子に脱げたようで、右足裏が軽くて涼しい。 せめて排水溝に飛んでってないといいなあ、乾いた笑いを心中にて浮かべ、夏の空気によって高熱を放つ地面に手をつき立ち上がろうと試みた。 「大丈夫か、」 すると、力を入れる寸前で不意打ちを食らう。 肩と言わず背と言わず、全身がびくっと竦んだ。 自分の状態も忘れて声の発生源たる後ろ側へ目を向ける。 人の形をした影が下方から伸びており、片足を私が座り込む段の一つ下に掛けたその人は、少しばかり屈むようにこちらを見下ろしていた。 言葉が出て来ない。 夏だというのに顔面を凍らせたきり固まった様相は明らかに不可解だ、だけど相手は一切気にも留めず、涼しげな表情を崩さないでいる。 「だろう」 あの頃の面影を残す顔立ちが、あの日耳の奥底まで雷鳴を轟かせた声で、私の名前を紡いだ。 「……もしや、違ったか?」 尋ねておきながら間違ってはいない事を知り得ているような、からかいを含む物言いで微笑まれて戒めが一気に解ける。 泡を食って首を横に振った。 「う、ううん! 違わない!」 途端、鼓動が好き勝手に踊り出す。 震える声帯で恐る恐る、呼び掛けたくとも出来ず仕舞いだった一言を奏でてみる。 「あの…柳くん、だよね?」 「そうだが。他の誰に見えるんだ」 もし見えていたのだとしたら詳しく聞いてみたいものだな、言って益々笑みを深くしたかつてのクラスメイトは、夏休み中だというのに制服で、いかにも遊びに行ってきました的な私服の私とは大違いだった。 急激に羞恥心が生まれ、大慌てで立ち上がると、柳くんがふっと息を零す。 目の端は肌に溶けほぐれ淡くなっていて、心臓が丸ごと掴まれて苦しかった。 おかしい。 笑い方には小学生の頃の癖が見出せるのに、どこかが違う。 綺麗な事に変わりないが、それだけじゃなくなっている。深い色を差し、綻んでいても尚力強い。 その迷いなきひたむきさに気圧されて唇が滑る。 「み、見えてないけど……や、柳くん、久しぶりなのによく私の事覚えてたね」 「お前とて俺だとわかっていたのだからお互い様だろう」 他人の事でも構わず断定するあたりが柳くんらしい。 だけどその通りだから不快感を覚えず笑ってしまいそうになって、だが話の腰は折るまいと必死にこらえていれば、一、二段置いてやっと目線の高さが合うような柳くんが不意にしゃがんだ。 何事か問おうとして固まる。 彼は大きな掌で先程すっぽ抜けた私のミュールを持ち、片膝をついて実に恭しく足先へと寄せていたのだ。日に照らされた黒髪が艶めき、滅多にお目にはかかれないであろう旋毛がやや俯く。 ほとんどというか、跪かれている図そのものである。 ありとあらゆる血管が破裂寸前まで膨張した。 「わあ! い、いいよ柳くんそこまでしなくても! 私自分で」 「時に」 「えっはい!?」 腰を折り曲げ慌てる私を仰ぐ柳くんが体勢を崩さぬままで遮った。 発作的に返事をしてしまう。 「見た所怪我はないようだが、そういった認識で合っているか?」 「え、う、うん? 怪我はしてないけど」 「ならば良かった。あれだけ派手に転んでおいてよく無事だったな。運動神経がいいのか悪いのか、お前はわからない。……変わりないようで何よりだ」 それって褒められてるの貶されてるのどっちなの、口を開きかけ、次の発言に全てを打ち消される。 「では、問題はこちらだな。重症だと思うが放っておいていいのか」 男の人らしく骨ばっていて無駄な肉のついていない腕と手が、私から見て左側を指し示す。 釣られて目線を落としたら、至る所にヒビの入った真っ暗な液晶画面を天に向かって晒す携帯電話が無惨に転がっていた。 私の喉を猛スピードで這い上がったのは、悲鳴である。 ※ ありがとうございました、の声を背に自動ドアをくぐり抜けたら散々降り注いでいた太陽も大分傾いていて、陽射しは刻一刻と夜の境に近づいている。 それでも冷房の効いた店内からいきなり外に放られれば暑い。 「ほんとごめん…マジですみません…」 「構わない。気にするな」 何度も繰り返す私に対し、何度でも同じ言を寄越してくれる柳くんは相変わらず海のような御人だ。 転がり落ちた荷物を回収したのち、とりあえず時間の押し迫った録画予約指令を片付けるべく帰宅する。 無事済ませ、できるだけ近場の混雑の予想される夏休み中でも比較的空いているショップを探し向かい、携帯電話を修理に出す。 そういった方針、手頃な位置にあるショップの場所、至る道順、1から10までを柳くんに任せてしまった。 今日はたまたま世間からちょっとずれたお盆期間前日の図書館へ赴いて返却する本があったらしい、つまり単なる通りすがりの彼に甘えるのは申し訳なくて一度辞退したはいいけれど、頼れるナビも今やご臨終召された携帯内のアプリで、平日でも混雑の激しいショップしか知らない私一人ではかなり心細かった。 しかし、全部お願いしてもいい? なんて素直に言える性格ではない。 というわけで無理くり理由をつけては断ろうとし、しかしことごとく突かれたあげく正論を武器に諭されて頷くしかなくなった。 最終的には、よければ案内しよう、の頼りになりすぎる一言をありがたく頂戴する事にしたのである。 神か仏の慈悲だ。 彼の背後から後光が差すのを幻視する。 自らの発言を覆す事なくショップまで付き合ってくれたおかげで、滞りなく問題を片付けられたのだから本当に柳くん様様だった。 どうしよう、気にするなって言われたけどやっぱり何でもいいから飲み物とかごちそうするべきなんじゃ、考えかけ、愚かな私は慌てるあまりICカードを自室に置きっぱなしで家を出、ここに来るまでのバス代も柳くんに出して貰ったのを思い出す。 ちなみに財布はほぼ空である。 ICカードがチャージされていれば万事オッケーくらいの軽い気持ちで生活していたのが仇となった。 心の底から申し訳ない。 項垂れて小さくなる。 絶対早く返さなきゃ、と今さっき代替機にて交換した連絡先を頭の中で思い描き、数字の羅列をじっくり確かめては決意する。 そうして力一杯頷いたそばから、でもちょっと待って、と突拍子のない閃きが生まれ思いつくまま口にした。 「あっ、柳くん! これから時間ある?」 わざわざ番号を聞き出さなくとも今日中に叶う解決策があったのだ。 明るくなる顔色を自覚しながら隣を仰ぐと、柳くんは首を傾けてくれる。 「あるならもっかい戻らせちゃって悪いんだけど、うちに寄ってって。お金もすぐ返せるし、今日はほんと迷惑ばっかかけちゃったから何か冷たいもの出すよ」 自分では名案だと喜び勇んでいたのだが、 「いや、遠慮しておこう」 すげなく断られ、弾み膨らんだ心がみるみる萎んだ。 うっと僅かではあるが呼吸が止まる。 なんて事だ、柳くんの声には良い意味でも悪い意味でも破壊力があるらしい。無敵じゃないか。 などとふざけて現実逃避を試み、ばっさり切られた跡を埋めようとしていたら、どうという事はないといった様子の彼が茹だる空気をおもむろに切り裂く。 「礼をしてくれるのならまた改めて、でどうだ。お前と話したい事もあるしな」 知らない間に下がっていた目線と肩が浮いた。 「誤解があるようだから一つ…いや、幾つか話すとするか」 平然と構える柳くんが、たった一言で私を地に落としも天上へ浮上させもする、特別な声を紡いでいく。 「。お前が理解するまで何度でも言おう。迷惑ではない。むしろ助かったぞ、なかなか声を掛ける隙が見つけられなくてな。……少し、困っていた」 お前には悪いが渡りに船というやつだ。 告げる唇がうっすらとしていてなめらかだ。だけどこぼれる音は低く頑丈だった。 真昼の頃より大人しい陽射しが柳くんの頬や肩に降る。 制服のネクタイは夏なのにきっちり締められていて、見ているだけで暑そうなのに、当の本人は涼やかな面持ちを決して崩さない。 「何せお前は金曜日しかあそこを通らないだろう。一週間に一度では、確率は高くともあらゆる要素が不確定で如何ともし難い」 ひたすらびっくりした。 「えっ! だって…金曜日なのは、柳くんじゃないの?」 「俺が? いや、特にこれといった曜日を決めていたわけではないが」 「えー!? じゃ、じゃあ今日のは偶然でいいけど、だけど今、じゃあ、今まで……」 お互いに金曜日だけと思い違いをしていたのだ。 理解はしても混乱は続く、言葉と言葉が上手く繋げられない私に、柳くんはほんの僅かながら目を見張る。 二人して押し黙った。 店先で立ち止まる私達の横を、排気ガスを吹かした車が通り抜けていく。熱気がむせ返ったが、気にしている余裕はない。 夕時とはいえ火のような太陽はまだ健在で、じりじりと肌を焼き汗を生む。風はなかった。しぶとい蝉が鳴いている。 先に口を開いたのは、背の高い彼だった。 「かつてのお前が言った通りになった」 伏せていた鼻先をつい持ち上げれば、既に元の落ち着きを取り戻した人が夏の日を背に佇んでいる。 「失くしも落としもしないと思っていたのだが失くしてしまってな。俺自身に置いていくつもりが毛頭なくともお構いなしだ。かと思えば、前触れなく現れる。ある日突然ひょっこり、だったか?」 覚えのある言葉を聞いた耳から流れる郷愁が、小学校のプール近く、今目の前にいる人と結びつかないくらい小さかった背中がしゃがみ込む、思い出深い光景を蘇らせた。 「俺は、あの頃の俺が自分でも気付かぬ内に探していたらしいものを先日、テニスコートで見つけてな」 テニス、の一言に鼓動が跳ねる。 やはり続けているのだ。 自分の事ではなくてもやたらと嬉しかった。 薄く伸びた雲に隠れた日の光が揺れる。 散ったそばから、柳くんの髪を彩り、輝かせている。 「だからもう一つ、失せ物が出てくるのではないかと予測していた所だ。お前の言うように忘れていたわけではないが……忘れるに値する時間が流れた今が、その時なのかもしれないだろう?」 そして、見つけたからには拾わせて貰うが構わないか。 滲んだ微笑みはこの上なく美しいけれど、頭に、女の子みたく、なんてとても付け加えられそうにない。 小学生の時からずば抜けて大人っぽかった柳くんだが、中学三年生の今となってはずば抜けて男の人だ。少なくとも私にはそうとしか見えない。 違和感の正体に思いきりうろたえてしまい、視線が泳いだ。 車やバイクのエンジン音も、8月の熱もかしましい蝉の声も、かの人の涼しさに尻尾を巻いて逃げていき、取り残された私の頭が煮える。 偶然に感謝するとしよう。 独り言に近い響きが煮立つあぶくを加速させた。 後にも先にもいけず往生する様をしかと目にしながら、時に雷撃、時に流水と形を変える声音を容赦なく浴びせる柳くんはちょっと意地悪だ。 今より幼かった頃、欠片も抱かなかった感想が胸底に生じ始めた所で、 「お前こんなとこにいたのか。ずっと探してたのに。今までどこいってたんだ」 過ぎた日の自らの言葉をそっくりそのまま再生され、何もかもが途絶えた。 逸らせない視線の先では柳くんがうっすらではなく笑っている。 唇と同じくらい薄い目蓋の奥で底光りし、籠もった熱さをものともしない瞳が私を射抜く。 「言っておくが、これはわざとだぞ」 たまたまだとか偶然だとかで片付けられては困る、暗に訴える調子で続けられ、反論を企てるどころか考える前に挫かれてしまう。 口も舌も動かない。 ただ、指先、爪の内側が異様に熱かった。 これ幸いとでも言うかのよう畳み掛ける柳くんが、どこにも触れていないのに感覚を呼び覚ます声を、呆ける私に向かって流す。 最後になるが、。 「男を気安く家に上げようとするなよ。お前一人しかいないというのなら尚の事気をつけろ。今少し、警戒心を持て」 いくら私でも、この期に及んで意味を履き違えたりはしなかった。 瞬き一回分にも満たない時間の内に全身の血液が逆流する。一人だったらどんだけ自惚れないないバカじゃないのと後腐れなく振り切るが、相手が彼では最早説得力しか存在していない。突き崩す隙やもしもの可能性をきちんと潰されている。 はい、の一声すら封じられた私は、夏の暑さのせいだと言い訳出来ないくらい赤くなった頬を隠す事も叶わず、恨めしげな呼吸を噛み締めるのみだ。 柳くん、話すのは幾つかって言ったのにほとんど全部言ってない? どうにもならない気持ちと体を持て余しなんとかそれだけ言葉にすると、薄味な顔立ちをしておきながら肝の据わった策士に成長したらしい柳くんが、口が滑ったんだと何故だか嬉しそうに言った。 |