03




腰が引けるくらい傍にいるごと無心で抱き寄せた。
鼻先が触れる寸前、仁王は唇で感じたあえかな呼吸を酷薄に切り捨て瞼を下ろす。
薄弱な色彩が消え果て、目の内側だけが寒々しい。
謝罪は本題ではない、糾弾の意図もなかったのだろう、そういった事を伝えに来たのでもなければ、こんな事など期待していなかったに違いないが、仁王のシャツの脇を握りキスに応えている。
懸命な様に抵抗の意志は皆無だ。
食す感覚を頼りに差し込んだ舌で中の肉を絡め取る、胸に苦くて腹の底には甘い。膨らんだ濡れ音が静寂へ潜り込み、首や肩、二の腕回りの空気を振るわせた。

「…っふ、ぁ、あ……ん、」

息継ぎの間に紡がれる声が熱情を唆す。
這わせた指の一本一本に神経を尖らせて、もっと傍にと強く引き寄せ吸う。酸素が湿って熱かった。
微かに喘ぐ背中へ回した右手で窪みを辿り、ブレザーの襟を軽く引くと、首後ろを摘まれた形のは潤んだ瞳だけで頷く。
誰より間近で見尽くした仁王が一寸唇を離し、しかしあっという間に押し戻す為、少女の方は当然まともに呼吸も出来ず、上気した頬で食まれる一秒の間に何とか叶えようと試みた。が、その都度、薄く開いた隙に舌を埋め込まれ、舐め摩られては喉を鳴らすしかない。
息が上がるのはいつもの方だ、現役テニスプレイヤーの仁王は運動量に勝る為余力を残し、大体において自分本位に事を進める。
斯様な振る舞いを一度とて咎めぬ少女に背中を掴まれ、大丈夫か程度の一言も口にしない、気遣いが欠けている自覚をとっくに済ませた仁王は懲りずに心中にて嘯いた。
嫌なら嫌と言え。
やめろの一言で跳ね除ければええだけの話じゃ。
慄き退く気配の類などまるで見当たらない、しかと知り得ているのに、実際拒まれた時に上手く受け入れる事が出来るかわかったものではない、などと想像してしまうのだ。
有り得ぬ仮定にさえ竦みそうになる足が鬱陶しく、コート上の詐欺師が聞いて呆れる小胆振りだと冷笑が芽生え、爛れ掠れた肺には酸素をたらふく蓄えるだけの機能がない。
そうして余所事へ傾く脳を瞬時に付け替える。
(だから聞かん)
俺は――
お前さんにだけは絶対に聞かんぜよ。大体やめる自信なんぞこれっぽっちもなか。
解けて染み出す唇の内側を恭しくいたぶり、重ねる毎に知っていった一番反応する所へ舌を添わせれば、思った通りに柔腰がびくと跳ねた。
胸中の窪地は荒れていたものの、直に感じる幼馴染のお陰で僅かに静まる。
ちゅく、と水気を含む音に合わせて舌を引き抜く。呼吸を取り戻したの眦には涙が宿っており、仁王が素早く見止める間に濡れた唇が引き結ばれた。
不思議と穏やかになる手付きで髪を掻き遣り、構わず頬を寄せる。首が細い。
重たげに湿る息を肌で聞きつつ見事な朱に色付く耳へ口づけ、強く抱いた体が大いに震えるのを感じ、仁王は滑り良くなる一方の舌での弱味を辿り甘噛みした。
幾度か強張りと弛緩を繰り返し、声になり損ねた、我慢に我慢を重ねしゃくり上げているような艶めかしい呼気を、確かに耳で記憶しておいて止めない。
胸元に軽く当てられた掌型の熱さえ邪魔だ。何なら着ている制服だってすぐに手荒く剥ぎたかった。
気を抜けばどうしようもなく情欲を訴えるであろう声をひた隠し、殺しながら深い溜め息に混ぜる。
耳裏と硬い骨の始まる境、下顎の付け根を下ってすぐの所、ひくついて強張る喉横の肉の筋、順に唇を落としてからなよやかな首を舐めて吸う。跡を付けてしまうと後々が厄介なので加減を忘れない。
身震いしたの指が両肩に食い込み、己のものより圧倒的に目立たぬ喉仏が上下する動きに皮膚が総毛立って、ほぐれたうなじに在った左手をずらし襟ぐりの後ろに掛けた。
併せてもう片方の掌で上着の中を探らせ、シャツの一枚奥にある肩に触れて、行きつ戻りつする途でのネクタイを緩める。しゅるしゅる質素に囁く布が床につくより早く、ブレザーのボタンを穴にくぐらせ外していき、今この時に限っては重過ぎる上着を剥ぎ取った。
地に落ちた抜け殻には目もくれない。
益々薄くなるばかりの装いは視界を脅かす猛毒、判じるさ中冷静な声が頭の中で反響する。
手遅れじゃ。
頬どころか顔の全部を真っ赤にして耐えているを見詰める、仁王の瞳の底は夜より深い暗がりの色を垣間見せた。
這い寄る痺れが脳髄を弄し始めたのだろうか、最後の砦たる小さなボタンの四つ程を利き手で無遠慮に外していく。雅治。紡ぐ一拍も与えない。
触れやすくなった肩を大きな丸を描くよう撫でると辺りの肌膚がわかりやすく粟立ち、胸の膨らみを隠す布に通じる紐に掛けた指を潜らせれば、白い喉元の中で空気が破裂したらしく、ふる、と細々痙攣した。
背筋の柔い部位を追い越す興奮がやって来る。
は絶対に言わない。
雅治の前でこの恰好、恥ずかしいって気づいた。
あれきり二度と告げて来ない。
血が煮えた。張り巡らされた管を通る染め抜かれたその真紅は、しかし平静を保ち手足や体躯を突き動かしていく。
半端に脱がせたまま下着だけをたくし上げ、目にも柔らかな乳房を露わにし、ほんの数分前に投げた言葉を手繰り再生させた。

「寒いか」

尋ねる仁王にしてみれば寒いも暑いもない。
一瞬返しに詰まったが、さ迷う手の甲を唇の傍らまで持っていく。

「さっ、むく、ないよ…ないけど、あの……」

言い終わらぬ内に左の掌全体で右胸をくるんでやって、添わせた指で揉み、下から持ち上げるようにしてゆるゆる揺らす。

「ん、…んっ、ぁ」

面白いくらい敏感に応じる幼馴染の口を塞ぎ舌で遊ぶと同時、手の内で形を変える柔らかいものに少しだけ力を加えた。
立ち上がった尖端を親指の腹で優しく擦り、撫ぜて、また戻る。
心臓は既に限界点を越えてい、内側から肌を打つ振動が喉元へ届くまでに膨張していく。
お陰で呼吸もままならない。劣情を孕む息が詰まる。だが止める気など更々ない。
前腕に申し訳程度触れていたぬくい掌を取り、手首から肘までのなめらかな肌触りに気を遣りながら、掴んだ肘裏を押して音もなく組み敷いた。
抵抗が一切感じられず、なけなしの理性に絡み付いていた糸はぶつぶつと切れて燃える。微細な殻すら後には残らない。
広がる色素の薄い髪に仰のいて形を変えた乳房、着ているのか脱いでいるのか明確には判じる事の叶わぬ姿、艶を孕む揃いの瞳、彼女を形作る全てに知覚を侵されてどうしようもない。
しどけない幼馴染が腸に巣食う病めいた情を煽る。
先刻まで温度など感じもしなかったはずなのに、本格的に触る前の今や腹の奥が熱く、笑えるくらい現金だ。
背を丸め、肘を折り、空隙を潰した。
寒そうな体とラグの間へ腕を差し入れ、半ば縋る形で抱き竦めれば、下腹部で輪郭を主張する高熱の発露に意図せず触れてしまったのだろう、幼馴染が小さくびくついた。
恐れから来るものでないと理解してはいるものの、何とも言葉にし難い一笑が喉を突く。
童貞でもあるまいし逸り過ぎている。
しかしそういう仁王も周囲の勝手な想像程多数とは付き合っておらず、経験とて別段抜きん出て豊富というわけでなく、下らぬ噂話よりもずっと大人しい。
誰より知っていて欲しい、知らぬままで居れば良い、相反する望みが千々に重なりシンプルな欲を容赦なく過熱させた。
細腰の後ろで縒れるシャツを引き出す事で現れた隙から手を差し込んだ。
触れた皮膚はじっとりと張り付く。汗と昂ぶりで濡れたの背中は決して不快感を生まず、むしろ体を巡る全ての流速を早め、淫蕩な喜びを掻き立てんと迫る。
慣れた手付きで柔肌に取り付くホックを外したのち、仁王は追って体勢を起こした。
緩かろうが疎ましくて仕方ないネクタイを己が首周りから抜いて、さっさとボタンに手を掛ける。引き締まった下腹の少し上辺りまで開け放ち、本来ならば邪魔な衣服など袖から完全に払っている所端折って身を屈めた。ひと手間に割く時すら惜しく、構ってなどいられない。
戸惑うように立てられた幼馴染の膝を割り滑り込む。
もう何度目かも知れぬキスの途中、頤に伸ばした指が微かに怯えてしまうのを打ち消し、逃げるなと心臓の裏で囁く。
乞われずとも傍を離れないの撓んだ口許から飲み下しきれなかったものが滴り、仁王は碌に見もせず舌で拭った。
喘ぐ胸を両の手で揉み乱して、首筋や喉元、鎖骨、心臓の居場所、丁寧に唇を落としていき、指と指でやんわり挟んでいた所へ辿り着く。
速いという表現も飛び越える程に騒ぐ脈動は合わさり、しきりに混ざって差が見つからない。
ぷくりと尖った乳房の中心に舌を這わせ口に含むと、一、二秒の間だけ艶めかしいひきつけを起こしたがほっそりとした指で、暗中にあっても銀に近い白を保つ髪を撫で摩った。
そうやって攻め入る余地を際限なく与えられても参る、あまりの許し振りに顔を顰め、だが、と思い直す。代わりに自制の選択肢が奪われているのだ。否、元から備わっていなかったのかもしれない。
歯を立てずに噛み、慈しんで舐めて、ほんの小さな窪みをつつく。
あまやかに溶けて零れる声音に促され舌先で転がすさ中、濡れる呼吸が名を呼ぼうとするので一旦引き上げた。
途端、切なげな吐息が仁王の鼓膜を浸す。
がどんな表情をしているのか覗き込む余裕はない。
下乳の丸みをなぞり、細い腰を通って、なだらかな腹部までそっと撫でていく。ひくつく体が温かくて柔らかくて、ウエストラインの近く、臍の近くへ口づけた。
起こした背をくすぐる雫型の湿り気がやけに熱い。単なる水滴に温度があるはずもないが、どうしてかそのように感じてしまう。
左右の掌で顔を覆い耐えているらしい、荒い息に弾む様を見下ろしつつ、じんわり汗ばむ太腿へと進む。
スカートの中に潜り込ませた手で内腿を摩れば、脚の付け根が細かく揺れ動いた。
手の甲の動きに合わせて波打つ布は言うまでもなくいやらしく、指を滑らせるだけ近付く籠もった体温に感化された、元より形を得つつあったものが益々猛り窮屈だ。
それでも仁王は黙殺する。
吸い込んだ空気を喉奥で握り潰し逸る欲求のまま、下着の上から弾力がある柔らかさに触れた。剥き出しとなっていたの腹が跳ね、しっとり濡れた感触は仁王を爪先から犯し、やがて背骨の髄まで食らい尽くしていく。
薄い布の脇をくぐった指で内と外の境を探って、潤み始めているそこを柔々と辿り、ひと度聞いてしまえば覚えず喉が鳴る深い声音を頼りに沈めると、遂に我慢しきれなくなったのか、幼馴染の少女が目元と頬まで隠していた掌をぎゅっと丸めてわなないた。

「あ…、ぁっ…や」

内壁を擦る人差し指にはほとんど力を入れていない、にもかかわらず緩く動かす度にくちゅくちゅと水音が溢れて零れる。
仁王と違って自分では慰めもしないのか、だとすると久方ぶりに混ぜ繰り返されたのであろう中の肉は濡れそぼって、指より苛烈な刺激をねだるよう蠢いていた。
う、と苦痛によるものと聞き間違えかねない声が掠れて響く。暗く閉じられた部屋では尚の事だ。顔を背けたの喉が恐ろしく真白い。
静かに押し入った場所で指を折り曲げ、また伸ばし、腹側のうねる壁へ擦り付ける。
もう一本足して埋めるや否や、短くとも艶を帯びた呼気が転がり落ちて、ぬるつく襞は変わらずに易々仁王を受け入れていた。
水と比べ粘度のある滴りは掻き出すまでもない、掬い切れぬ程纏わり付いて来、当然の如く湿潤となった親指で以って、僅かばかり上にある尖った芽を優しく突く。
瞬間、が今までにない喜悦を含んで大層泣いた。
いざなわれ、内側を押し揉む一方で尖頭の根元辺りに指の腹を添える。
緩慢に擦り上げくるりと回し撫でてみればくぐった奥が二本分の皮膚を締め付けるので、これまでどうにか抑えていた激情に噛みつかれた仁王は胸中でのみ呻く他ない。
眼下にて息を乱す求めてやまない女が己のたかが一挙に堪え切れず悦んでいる。
欲しかった。

「んん、ぅっ、あ!」

突っ込んで掻き回してぐちゃぐちゃに抱きたい。
むざむざと剥かれる本心が熱を持ってささめく。
のきつく閉じられた眦からはまるく光る水の粒が流れて、舐め取りたい衝動と根比べをした結果、吐く息が上擦って余計に切ない。
よく濡れている所為で滑る親指を柔い尖りの側面へ当て、引き抜いた人差し指とで挟み摘む。
開いたり閉じたりを繰り返しながら円かに嬲ると、幼馴染はらしからぬ激しさで背を反り乳房を揺らした。事ここに至って嫌と何度も繰り返し、かといって言葉通りに手を退かせた所でもう一度嫌だと啜り泣くだけ。
裏腹にしとどに濡れる入口は素直で思わず嘆息を漏らした仁王を、水気に満ちたまなこが見上げる。何事かかたどる前の、半端な形で留まった唇の奥のまた奥、僅かな光も差さぬ口内。
確信じみた予感が腹を打つ。
赤子のようたどたどしく呼ばれるより早く、とろけた肉と反比例して芯を得てゆく突端を捏ねた。往生際の悪いはいまだ抑え込もうとするが、隠し立て出来る域などとっくに超えているに違いない、撓んだ肢体とひずむ首筋が快楽のしるしだ。
無上の情景に抉られた仁王は腕の筋肉を引き攣らせ、些か強めに押し込む。

「はあ、ぁ……っ、やぁ…」

間を置かずして指の抜き差しも再開させた。内側を丹念に撫で上げ、引く途で擦る。
加減らしい加減をせずとも簡単に飲み込まれ、触れ始めの頃よりもっと潤んでぐずつく音が加速し、頭の芯は煮えて崩れる一方だ。
時折、がくがくと乱れる膝が仁王の腕を掠めるようになった。
意味のない単語が不規則にまろび出、はなめらかな肌を揺すり限界を知らせて来る。

「あ、あ、ぁあ! まって、だ…っめ、ぅんっ、い……っ」
「…イきそ?」

言葉尻を捕まえ尋ねても、いやいやと首を振る幼子の仕草しか返らない。
あまつさえ目一杯握り締めたスカートの裾を下ろし仁王の手ごと退けようとするものだから、ここに来て初めて苛立ちを覚えた。
堪えるかどうかの思案に使う一瞬さえ投げ捨て、掌でやわい膝裏を押し上げる。
軽く力を籠めるだけでは容易く引っくり返り、先刻の抵抗虚しく覆い布たる制服は生白い腹まで捲れた。所々跡の残る胸がシャツを押しのけて撓み、緩めたとはいえ上側はいまだレース生地に堰き止められ狭苦しげに寄っている。
咽喉が蠢いた。

「ヒドい恰好じゃの」

裏に真意など含ませていない。単なる感想だ。
しかし却って無味な反響を生んだらしく、驚きに目を見張っていたが頬ばかりか体全部を紅潮させる。
恥じているのだ。
服やら何やらの隙を縫って垣間見える、透けるような薄い皮膚が何故だか霞んで朧げに映る。
羞恥が所以で消える目線に構わず、既に役目を果たしていない下着を脱がせて爪先から抜いた。
下方より立ち上った息を飲む気配で室内の暗が撓って重い。
先に在る行為を察したのかもしれない。
待ってと止められた気がした。
聞こえない振りをする。
つい先刻まで混ぜ返していた狭間に唇を落とし、突き出した舌で舐め上げて、濡れ通しの中へと潜った。ぬるぬると掻き避けた襞が腫れぼったい熱にまみれてい、泣き噎せた声は随分遠くから鼓膜を叩く。体温も移るような近さなのに不思議で仕方ない。露骨な音と共に吸うと近付いてやんわり食めばまた遠のく。
硬さが増す小さな芯に舌先を伸ばした。
押し込んだのち擦り、口づけて転がす。ふと離し、互いの体よりは冷えた空気に晒す。が喉を振るわせるより先に覆い、ひと舐めしてから舌の裏で刺激を加えた。
壊れた玩具のように跳ねる体は、可哀相に、仁王の所為で何処にも行けない。

「ぃ…あぁっ! いや、ん、ん…ぅく、わ、たし…私、」

至る所に呼吸の出来損ないを散らし、意識してか足を閉じようとするの訴えは決まりきっている。
それはいや、だめ、ほんとに変になる。
何度か耳にした響きが甦り聞き届けるまでもなく悟った仁王は、添わせていた掌で小刻みに震える腿をぐいと押し広げた。指先型に食い込む跡が腿の裏へくっきりと付く。
泣かされる一方の少女は喉を絞ったようだ。鼻先が落ちた気配に気付いたのかもしれない。
無視して大いに滴る狭間へ口づける。
尖りの包皮を剥いて柔らに啄み、ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てただけでされるがままの細腰がくねった。直接見ずともわかる、は性急な行為に追いつけていない。普段ならばシーツに縋って耐えている所、簡素なラグには掴む余地がなく、行き場も失くし激しく惑うばかり。
理解しつつも仁王は助けなかった。
自分でここをどうにかした事など絶対にないだろう。触れられるのは俺だけ。
嵩を増す支配欲に身を任せる。次いで、相反する昏き自我が零れていった。
本当に酷いのは自分の方だ。
けれど絶え間なく繰り返される高い声が何もかもを飲み込んでしまう。
滲む愛らしい叫びに腹の奥まで蹂躙され、持ち上げるよう強くゆっくり舐め摩る。刹那、が一言も発する事なくびくびくと背を反り返した。
一瞬止まったかと危ぶむ傍からすぐさま吹き返し、荒く乱れる呼気に導かれ半分以上の面積が欲望に憑りつかれた背筋を伸ばし、口許に左右の手を当てしゃくり上げるあられもない姿を見下ろす。
汗の伝い浸る体は異様に熱い。
みっともなく舌の根が鳴り、仁王は誤魔化しついでに己の下唇を舌でなぞった。
凄まじい勢いで込み上げた原始的な欲求に声帯がわななき上擦って、脳の中心部まで破壊されていく。
些か後退したのち僅かながら仕舞われていたシャツの裾を引っ張り出し、ベルトの金具を外して抜き取る。何の変哲もない動作にもかかわらず肘が笑いかけるのが滑稽だ。
指が焦れて滑った。窮屈とかいう段階などとっくに通り越して最早痛い。眼前が明滅する興奮に打たれた所為でパッケージを割く手付きが覚束ない、詰まり溜まっていく息は苦々しく、もどかしい熱にまみれる。
前を寛がせ取り出したものに被せ終えた所で、緩慢な動作の一片が目の端を掠めた。
つと視線だけを向ければ、体の下に敷いた左腕を軸にが身を起こしかけている。
ブラウスの白を抜け出した裸の肩は丸っこい。
縒れて掛かる肩紐がしなり、無防備極まりない背中から今にも滑り落ちそうだ。
仁王が一切合財口を開かず、床に付けて力を籠めようとしていた右腕を引っ手繰るように掴む。手加減なしに引き寄せ、ほぐれた太腿の裏に添えた掌で熱を帯びる体ごとずらした。
ほとんど無理矢理膝立ちの姿勢を取らされたは、胡坐をかいた仁王を跨ぐ恰好と相成った事によろけながらも戸惑ったらしい。仁王のシャツと肩のちょうど間へ手を置き、幾分か整ったがまだ弾む息の間で弱い音を転がす。

「…あの、待って。よ…汚しちゃう……から」
「どーでもええ」

無情に切り捨てたと受け取られかねない速さで腰を捕らえられ、観念したのかしていないのか、揃いの瞳が緩く瞬いた。日頃、ゆくりなく雅治と呼ばう唇は引き結ばれている。
籠められた意味など関係がないとばかりに探る事を放棄した仁王は、右手に背を這わせる役割を振って、スカートの下の腰骨に移した左の指先全てへ切なる願望を灯す。
落とせと物言わずして告げられたは尚も惑い、けれど刃向かうつもりもない様子である。
仁王のそれなりに厚い肩に乗せた掌を少し握り込んで、熱情に揺蕩う目を伏せ、ごく静かに沈め始めた。
制服の布地が腹に擦れて妙にむず痒い。
触れる箇所という箇所が節操知らずに鋭敏になっていき、間近で味わう肌の温度は相当心地良いが、一方で火傷を負う程に燃え盛っている気もする。
心臓の拍が早過ぎるあまり痛みを覚え、必死に噛み殺す。
支えを求めたが仁王の頭を抱きかかえ、柔らかな胸元へ仕舞われる恰好となった方はといえば寄せられた白皙をぺろと舐めてからやんわり吸う。
うなじや後頭部に回された腕が応じたのがわかって、仁王は一層先を促した。
こめかみから顎へ落ちたひと雫の筋が冷えて気に掛かり、熱を完全に失う手前で新たな汗が滲み、どこもかしこも濡れて滑る錯覚は狂おしい。
がにわかに膝小僧をずらす。
脈の鳴動に喉や耳、終いにはまなこの底すら侵されたその時、傍近くの空気も湿らせるような入口がゆっくり下がって来た。
全身に鳥肌が立つ。
肺の収縮はぶれて定まらず、ほんの先端が掠っただけだというのにたまらなくなった。
慣れぬ体位で勝手がわからないのだろう、浅い所であからさまに迷われて、仁王は重要な神経ごと焼け焦げる窮地に陥ってしまう。
じらしている自覚などないと思しき少女の掌が肩に食い込めば食い込むだけ、絞られ籠もった吐息に首筋を濡らされる度、薫る体温と肌のにおいが鼻腔をくすぐる都度、一気に貫いて突き上げたい衝動に駆られる。
奥歯はろくろく噛み合わず、気がふれそうにもどかしかった。
つい先刻軽く達した為に熱くとろけた中へ数ミリ単位でしか進めぬ責め苦に、炙られ煮え立った脳髄は体裁を保っていられない。
何とか抑え付け、震えて汗ばむ腿を摩った後で、ぐ、と掴む。

「…。力…抜きんしゃい。上手く、入らん」
「ん、う……ん」

足の付け根と艶やかな弾力を含む丸みの境へ指を這わせ、痛みを与えぬ程度の強さで揉むと、張り詰める両腕を弛緩させたとの間に少しばかり隙が出来た。離れた温もりが惜しくなり、おそらくかなり強く噛んで白く染まりつつある唇を舌でこじ開ける。
息と唾液を交わす途でスカートのホックを外して、布地の裏から捲り上げ脇腹を撫ぜた。
身に付けている意味が無に等しいと判じる脳裏に、重たげに潤んだ音がまぶされる。ちゅぐ、ちゅ。たまらず腰が揺れた。
強張った喉に空気のだまが集って、直接的な肉と肉の擦れ合いがようやく訪れた事を文字通り身を以って知り、ある程度までうずめてしまえば要領を得た領域なのか、恐ろしく長く感じられた惑いが夢幻のようすんなり飲まれ包み込まれていく。うねり絡むの中へ引きずり込まれそうだ。

「は……く」
「…っ、ん、あ、はぁ…は、あ……」

まるで底なしの快楽を浴びた仁王の呻きに涙混じりの声が重なった。
熟れて腫れた熱源は根元近くまでくだり、甘い肉にいやが上でも締め付けられる。
目の前がちらつき眩暈と成り果てていく。
久しぶりに奥まで押し入ったそこはやはり虚しい夢想など比べ物にならぬ歓喜を呼び込んで、ただの呼吸による微動ですら看過出来ずにあっけなく達しかねない。
下腹部へと偏る欲と熱を逃がそうと、がたつく息を長々掠れさせた。
の体は細かく震えている。
縋る指の細さがやたらと染みて仁王は慎重に目を閉じた。下ろした瞼の向こうで幼馴染が身じろぎする。
動くな。息もするな。
支離滅裂な無理難題を無言で叩き付け、再び深呼吸を試みたがどうしてもふらつき撓み、時たま跳ねては落ちていく。隠し切れぬ興奮の顕れだった。
どくどくとがなる心臓がうるさい。
渦巻く潮流めいた鼓動は二つ在って、二つしかない。
重なり、剥がれ、また合わさって溶け合う。
脈打つ間隔も伝う汗も湿り気を孕んだ音ももうどちらが発端なのかわからない。ない交ぜとなり区分けが出来ない。
そうして一つになっているはずだというに差異は生まれ、昂ぶりが膨れ上がっていく。
際どさにいよいよ攫われる瞬間、気管内の空気を吐く途中で切り捨てた仁王が腹に力を入れた。
柔い体を抱え直し、ゆるゆる円を描くように腰を動かす。
しばらく消えていた混ざり合う音が空気を侵し始め、仁王の思うまま揺さぶられる少女は小さく、弱々しく首を横に動かした。振り乱れる髪がきめ細やかな肌上を滑っていく。
よく馴染む名の持ち主が奏でる『いや』は嫌じゃない。
溢れた実感が多岐に渡る器官の隅々を脅かす。


「う、……は…、ぁ、ん…」

在りし日の自覚はいまだ背の裏にこびり付き望みを掻き立ててやまない。
妙な癖がつきそうで怖かった。
押し殺すべきだと警告音が脳内で喚く。

肩に撥ねた音に耳朶を撫でられ、首筋は粟立ち、意思を無視して独りでに開く両眼。
見上げた角度の鋭さに悪寒と怖気、浸透の果てに走る高揚が深くに生々しく差し込んだ。
駆け上がって落ちる。
硬く留まった背を押す白壁の凹凸まで鮮やかに思い浮かべてしまう。
土と草いきれの匂いは灼熱の一歩手前でけぶり、いつか仁王を追い詰めた夏が昨日の出来事のようありありと息づいた。

現在から過去へ飛ぶ心拍はむやみに早まり、肋骨を砕かんと暴れ狂う。こめかみに張り巡らされている血管が頭蓋を締め付けるものだから煩わしい。
喉が渇く。必要と不必要の境目は茹だったあぶくの中へ消えた。熱い。暑い。気持ち良いはずなのに苦しくて仕方がない。
――もう駄目じゃ。我慢出来んモンは出来ん。

「呼んで」
「ふあ……、んん、ま、…さ、ぁっ、は…ぅ」

いっそ冷静に希う。
返って来た声音で腰がやや砕けはしたが、肝心の響きは大きく外れていないだけでぴたりと当てはまるわけではない。
違うと言葉で否定してやっても良かったが、仁王は押し黙ったまま唇の内側で囁いた。
ちゃんと呼べ。
腰周りへ遣っていた腕を緩め、しっとりと湿ったシャツ越しに背骨を辿って、垂れ下がるスカートの裏で指先に意味を持たせる。乳房より張ってはいるがラケットを振るう掌にとっては柔い尻へと滑らせ掴み、直後に下から跳ね上げさせた。
成る丈押さえた状態で突いた所為だ、ぬるつく中と一緒に尖端も仁王の恥骨で擦れたのだろう、悲鳴に近い喘ぎが弾んで後を引く。

「っんぁ! …は、ぁ、あ、やだ…やだぁ……」

とうとう泣き出したはしかし、ただ拳を丸め耐えるのみ、逃げる素振りの片鱗も見せない。
下半身ほとんどの自由を失ったまま小刻みに突き上げられ、満足に息を吸う機会さえ与えられず、一人以外は届かぬ場所を侵されていってもそれは変わらなかった。
素知らぬ顔で静寂を貫き通す室内へぐちゅぐちゅとくぐもった音が落ちていく。
眦と頬を流れる涙は薄闇に灯る。
この間知ったばかりのがひと際反応する部分目掛けて腰を送り、掻き回した上でゆっくり押し付けた。

「……ン?」

待てない、すぐに全部出したい、喚く強烈な衝動に耐え、根深い願望を行為に滲ませて吐露する。
はよ言いんしゃい。
どうやら正しく受け取ったらしい幼馴染が降り零れそうな水の粒を瞳に纏い、苦しげに眉を寄せた。
荒れる呼気はしじまを崩す。
はぐずつく鼻をすすり唇の震えも隠さないで、仁王の肩に引っ掛かっていただけの、とうに衣服として体を成していないシャツを毟る形で除けていく。這って伝い、するりと滑り込んだ爪先に摘まれる感触に思いがけず気を取られた仁王は一音聞き逃した。
間髪入れず今一歩奥にとばかりに腰を落とされる。
脳裏で火花に似た閃光が散った。
うねりねだる中に擦られた所為で低く短く唸ってしまう。想像だにせぬ苛烈な刺激だ。
腹筋がびくびくと二、三度竦み、堪え続けたものがどっと放たれる所だった。紙一重の情感に気圧され吹き出た汗の粒は数知れない。
もまた同様に快感を得ていたようだが、たちどころに振り切って一途極まりない意志を双眸に宿らせる。
仁王は言葉もない。

「…な、いで」

か細い囁きだった。
繰り返し撓む胸元で酸素がわだかまっている。
肩上に置かれた指が押し込まれても痛みの類はやって来ない。
雨に打たれたよう濡れそぼった瞳から透明な雫が溢れ、暗中にて映える喉は異様に白々とけぶる。
が懸命に伝えんとしている心を知る前だというのに背中は毛羽立ち、本能が軋んで切ない。仁王が首を掻き切られた幻覚に襲われる瞬時、しゃくり上げた声音は子供じみた願いをなぞる。

「じゃあ、しないで。…しないって、言って。私じゃない子と。もうしないで」

受けた衝撃は喩える事すら不可能だ。
たどたどしくつかえて聞き取り辛かった音の滴りは鼓膜を破り凄まじい速さで侵入して来、間を置かずして体の最奥と脳に重たい一撃が叩き込まれた。飛び散った残滓は方々へ染みてこびり付き、破片という破片のが恐ろしい熱量を持つ。
目が眩んだ。
膨張し尽くした心臓は先走ってを追いかける。
おかしくなりそうだった。

「せんよ」

きちんと返せたのか自ら怪しむくらい現実感がない。
呆然としていたかもしれないし、笑えるくらい熱を孕んでいたかもわからない。
急速に色褪せる世界を置き去りにして頭の中は鮮烈な赤に支配された。
強要したのは自分の方だというに、すんと鼻を鳴らしたが閉じていた唇を綻ばせる直前、待てと言い掛ける。しかし何もかもが手遅れだった。

「雅治。……好き」

耳が焼けた。奥底まで燃える。連なる三半規管は完全に機能を失い視界がぐらつく。
張り詰めた首へ腕を回されたあげく、高い体温に包まれた肌を寄せられ残っていた正気は跡形もなく踏み潰された。あまりの事に息も忘れた。
いち早く反応したのは埋まっている猛った熱の塊だ。中を押し広げる質量が増したのを感じたがひくと体を振るわせて、絡んだ四肢はより近くなる。
選べない。
やり方も、加減も、どうするのかも。

「ぁ、あ! ん、…ふ、ぅ」

ひたすら欲求に従い突くと、決して一方的に流されてではなく自身も拙劣ながら体を揺り動かすので、度を過ぎて慎ましやかだった挿入時に比べればずっとやりやすい。
室内はいよいよ墨黒を増す。
耳につくぬるついた響きで息が途切れ、薄く開かれた唇を甘噛みしては塞いで、ぴたりと張り付く肌の間へ右手を差し入れ、揉み掬う都度たわむ乳房に指を沈ませた。
好きなだけ弄ぶ事の叶うそれがやけに熱く感じられるのは、己の爪先がひどく冷たいから。確かめるまでもない暗黙の了解。
撫でて撫でられて、舌を絡ませ、これ以上ないくらい近くで抱き合い、一等深い場所で包まれる。

半ば前後不覚になりつつある仁王が自分という形を知るにはこの世にたった一人の幼馴染が必要だ。
彼女がいてようやく温度や輪郭を得る。
触れている所だけが鮮烈に脈を打ち、生きた熱を得、匂い立ってともすれば喧しい。
以外の全ては曖昧に崩れ、辺りに満ちる暗がりで溶かされていく。

意識の内まで有耶無耶になれと這い寄る怖気へ悦楽が染み渡り、仁王は益々わけがわからない。忘我すら生温い甘美が膨れて呼吸も怪しくなった。
初めから頼りなげだった陽が消え失せたのは何時だったのか。今何処に居るのか判断もつかない。
形を失う。
夜霧の降りた砂を握ろうとして掬い損ね、風になびいて流れていくみたいに危うい。
それでも唯一確かな存在を抱き込み、重ねた唇の奥へと夢中で唾液を送り込んだ。
上も下も俺でいっぱいんなれ。
申し開きようもない剥き出しの欲望で下腹部が疼く。さぞ苦しかろう、だがは息継ぎをあえて捨てた様子で、ぬくい舌を懸命に返してくれている。
胸が深くでざわついた。
体の中身を打ち壊していく激情を口にする事は出来ない。言葉にならないのだ。
眩暈が悪化の一途をたどる。訳知れぬ高熱に魘され唆され、怯んだ肩が呼吸を阻害し、どんどん浅くなって霧散した。
温水のたらふく含まれた音は濃さを増すも、仁王の脳髄を支配するのは凶悪な飢餓である。どれだけ打ち付けても、の声音や潤んで満ちる中に受け入れられてもまだ足りない。
チッ、と荒い舌打ちを零したのち、汗で滑る脇下を支えて引き抜く。
一瞬強くすれた肉が別種の快感を生むので仁王は思わず顔を顰め、突如として浮遊感に晒され同様に眉をひくつかせたの、目端から薄い涙が落ち伝う。
恰好がつかなかろうが何だろうが関係ない。無造作に抱きかかえ、鬱陶しいと思うもの全て手当たり次第払い、ベッドの上へ押し倒した。
が僅かに縮こまったのは、夜に近付くにつれて下がった気温がシーツを冷やした為だ。
大分以前に意義の失せた衣服など微塵も防寒に役立たぬのであろう、肉付きの薄い肩が粟立っているのが暗闇に紛れてもわかった。
寒いかと問うべきは今、けれど気遣いを唱える咽喉は最早死に体で、掌がほとんど勝手にしなやかなの肢体を這い回る。
抵抗されないのを良い事に手荒く脱がし、また、叶う限り直に触れる為自らに纏わり付く余計なものも取り除き、丸くすべらかな膝を摩って持ち上げれば、反動で細い吐息が漏れた。
ちょうど二人分のそれへスプリングが軋む気配が混ざり込み、脈打つ欲の塊を入口に押し当てた瞬時に掴んだ足がわかりやすくびくつく。
そのまま殊更丹念に、仁王自身ですらもどかしさに追い立てられるくらい緩やかに、失ったつがいを強烈に求める隙間を埋めていった。
の反った顎が左右に振られ、張り付く髪のひと筋は頬へと残り、撓んだ唇から意志になり損なった言葉が弾ける。
散々じらされた意趣返しのつもりはないが、結果としてそう取られてもおかしくない。
上へ上へ逃げようと浮く腰を捕らえ引き付けておく。
中程より少し進んだ所で留まり思い切り退いて、抜き切るか否かの瀬戸際を振るわせ、『いや』と『やだ』を交互に発しまるきり癇癪を起こした子供と化したの内へ、もう一度押し入った。
蠢く壁をぬぅっと広げて犯していく感覚はたまらない。腰の裏や腿がどうしたって引き攣れ、噛み締めた歯の僅かな空隙を縫った呼気が転がる。
やや仰のいて口許を抑えるの眉間が切なげに寄ると同時、奥まった場所へ辿り着いて水音が零れた。
あえかな光を吸ってまたたく揃いの瞳に見澄まされ、潮騒めいた耳鳴が仁王を襲い、視界は一層ぶれていく。
口をつく衝動はひた隠し続けた凶器だ。

「ならお前も言え」

俺じゃない男と寝るな。
最後まで突き付ける意気地はなかった。
言葉にした所で縛れない。誓わせても意味などない。
信じる信じないの問題に非ず、見えもしない仮定へ傾ぐ事自体が不毛なのだ。
ただでさえ、纏わる想いは音の響きという形を得た途端に死んでいく。仁王が唯一の存在なくばよく知るはずの自身を保てぬように、容易く消え果ててしまう。
だってわかっているはずで、掬えぬものを手の内に囲んでみても心の器は満たされない。
それでも乞わずにはいられないから苦しいのだ。
ずっと恋しくて、いつまでも寂しいまま。
薄皮と血肉の下で欲情の顕れが先を望む。
昂ぶりの埋没した柔い腹へ触れたのち静かに撫で上げ、呼吸を取り止めた仁王の双眸が不意に揺らめいた。透き通った膜と虹彩はがらんどうになって、底へ潜れば潜るだけ淡くも剣呑な光が明滅している。
瞬時に断ち切り動いていいかと尋ねもしないで跳ねさせた。
が悦びの滲んだ悲鳴を走らせ、一定の間隔で空気を湿らす肌がぶつかる音さえ過敏に捉えて、願った通りぐちゃぐちゃにしていく。
抽送の最中に振るわせ、突き落とす。奥の奥で留めながら混ぜた。律動に全身と脳が痺れ、おびただしい快楽しか残らない。
昇り詰めていく過程で声が真っ先に奔る。幾度となく流れ出し歪んで、思考は追いつかず、背後ろから猛烈な勢いの鼓動に迫られる心地だった。
肺まで酸素が届かず、痙攣する喉元はより追い詰められて、波打つベッドにがくと肘を付く。
泣いて噎せるの、こんな時でもなめらかな指が仁王の肩口に寄り添った。
硬く張った筋を通り、首の付け根に達すると、頸椎の隆起をなぞる。もう片方の掌は脇腹から入り込んで背中へ当てられており、体温を受けた皮膚は沸き立ち、更に欲深い。
仁王は手の甲で縒れたシーツを避けながら、存在感の希薄な肩甲骨の辺りを持ち上げ、包んだ肩先に力を籠めた。すっかり手の内に収まる事に震えてしまう。
ぐ、と近付いた息の熱さや肌の香り、柔らかくほぐれた体と濡れて絡み付く肉の感触が、消えそうな輪郭を優しく縁取っていく。
浸り実感する間もなく猛り切った尖端で中を乱した。
じっと耐えてなどいられず、引き込まれ溶かされ、意識が鮮明になったり遠ざかったりを繰り返すので覚束ない。
ひきつけに似た仕草を見せるは息も絶え絶えに呼んでいる。
しっかりとした響きを得ていなくとも仁王にはわかった。
懇願され激しく揺り動かす。

「っい、んぅ、あ、あぁあ! ぁく、ふ…っ、んん、」
「――は、…っ、…は、………」


表と内で幾重にも折り重なる名の密度は最早気狂いのそれだ。
噴き零れた汗やら濡れた液やらが煽り、腰裏の下からせり上がる欲で血が沸いた。
喉はからからに渇いて、干からびた声帯が振動せずに呻く。
ああ、と低く奏でられた後で残響が続いた。
諦め、観念、感慨に耽って、法悦を味わい、たまらず、苦痛。
どれもこれも当てはまらない。
強いて言うなら力なき断末魔だ。伏していながら響きの内側に激情を飼っている。
死にそうだと暴れる胸中で独りごちた。
いいやもう死ぬとも思った。眉根を寄せてもがく。死ぬ程気持ちがいい。
思い詰めて駆け上がっているのに、時同じくして得るのはどこまでも落ちていく感覚である。
純然たる闇が深まって瞼ごと瞳を覆い、眼下の幼馴染すら見えなくする。
だがそれすら些末事なのだ。と触れ合ってさえいれば失わずに済む。
再度同等の音色が後を引いた。
――ああ。
掠れて籠もる。
もう何でもいいしどうでもいい。ずっとこれが続けばいい。
背骨が砕けて散り散りになってしまう合間で希う。
俺を許せ。
息をするのも煩わしい。止まったって構わなかった。本当に死ぬかもわからない。ぎりぎりの境地を反芻し、尚も追い縋る。
まだだ。俺を殺すな。まだ殺さんでくれ。
とうとうだ、どんだけトチ狂っとるんじゃ心底イカれちょる、切り返すや否や突いて掻き回す中が今までにないくらいぐっと狭まり、仁王は声も出せずに身震いするしかなかった。
がさながら際限知らずに、ぐちゅぐちゅにとろけたそこを強く何度も収縮させる。
締め上げられた方はたまったものではない。肌ばかりか肉や骨もびくつき限界を訴えた。
引っ手繰って掴んで来る細い両指の所為で微かに痛みが走り、影響された高揚が膨らんで弾ける寸前、漆黒に塗り潰されていた視野に白色が差す。初めはほんのひと握りでしかなかった明るい筋があっという間に一面まで広がって、先程とは異なる意味で何も見えなくなった。
刹那、高まるだけ高まった強張りが一気に解かれる。
底なしの快感に全てを預けてしまいたかったが、堪えられず舌を噛み千切りそうだ。
切羽詰った仁王はの頭と背を力一杯押さえ、余韻でひくつく薄い肩に歯を立てる。
そのまま噛みついて、盛った動物のように涎を垂らし、二度三度と細かな唸り声を上げ達した。一滴残らず注げと命ずる本能に従い腰を振るわせると、終いの汗が首筋や背、脇腹と腕、沸いて溢れて甚だしい。伝い下った幾つもの跡にぞっとする。
なかなか静まろうとしない呼気を宥めすかし、いまだ込み上げる唾液を飲んでから、すべらかな肌膚の上、至極薄く淡い桃色に彩られた歯型を目に入れた。噛み跡に軽く口付けて舐める仁王を抱くかいなはしかし、どこまでもなよやかで乱暴な仕打ちを咎めようともしない。
胸をつかれた仁王は嘆息した。
安堵と自己嫌悪の両方に苛まれつつ手放せやしない温もりへ身を寄せ、今なお肩で息をする幼馴染の熱っぽい首元や香気に染まる髪を鼻先で掻き分ける。
ああも強烈だった乳白色の靄は晴れてしまい、残されたのは元通りの薄暗がりだけだ。落胆はしていないものの、かといって清々しさもない。ただし空虚ではある。
何をするでもなく、ただ黙って互いの心臓や呼吸音を聞いている内に、段々と思考力が戻って来た。
とりあえず把握が叶った範囲の現状を呟く。

「……あーあ。汗だくじゃ」

ほぼ独り言だった。誰に聞かせたかったわけではない。
にもかかわらず、を抱き締めているお陰で丸まった背中を、ぺち、と弱々しく叩かれる。
誰のせいだと思ってるの、いかにも言いたげな仕草に仁王は笑った。
少々体をずらして横たわる。
追って来る視線に気付いていたが、あてにはしない。寄り掛かるのも止めておく。
夏に冬にテニス三昧の自分はともかく縁遠い幼馴染が汗で冷えては寒かろうと、払い除けたきり放っておいた掛け布を引き上げ、適当に被せた後でくるまった。おそらく幾つか問題が浮上するに違いないが、ひとまずここは放棄する。
小さな子供みたいにじっとしているを抱き込んで、僅かに濡れて撓る髪を丁寧に梳いた。随分ゆっくりとまばたきをしているらしく、大きな黒目を縁取る睫毛が胸元に当たってくすぐったい。
どうしても、という程でないものの、せめてあと一度はキスがしたかった。
しないで打ち消す事がはたして我慢強いのか臆病者なのか、単に逃げ癖がついているだけなのか。
なんもわからんのぅ、と頭の中でぼやく。
この幼馴染を抱いていると時々、なし崩しに放り投げたくなり、数多の荷をかなぐり捨てる行為に一寸も躊躇しなくなってしまうのが恐ろしい。けれどもそうしなければ得られないとも思うのだ。も、芯から欲するものも、息づく熱も手に入らない気がした。
闇が冷え冷えと煮詰まる。
充足を感じるより早く損なわれてゆく。手に負えない。
仕様のない悪癖だと仁王とて自覚しているが、治すすべなど到底思い当たらぬし、誠実に探すつもりも更々ない。
ここ最近の外道振りがよぎってそこかしこに自嘲がへばり付く。
がいざなう微睡みの甘さ、自らの内に穿たれた暗澹たる洞、清濁併せて瞼の裏に押し込み閉じた。







嵐めいた渇望は去ったといえど、裸で抱き合っていればやはりじんわり熱を帯び始める。
時間に余裕があるからといって、にも同じだけ強いる道理はない。
部屋の隅まで暗く沈む所為で、間近で添う温かみの主が眠っているのかも窺えなかった。
仁王はふと起き上がり、二人分の体温で温まったベッドから這い出て、脱ぎ散らかした服に手を掛ける。
いくら自宅といえ素っ裸で歩き回る趣味はなく、しっかり着込む程生真面目でもないので、下だけ整えれば良いかと横着した罰か、濡れた下着の肌触りが不快を通り越し最低過ぎて相当萎えた。
一緒に履いた制服のズボンの方は皺だらけ、無傷とはいかなかったものの数倍ましだ。
まあ頭冷やすにはちょうどええじゃろ、気怠く言い聞かせ、腰を落ち着かせていたベッドの縁から離れようとした、その時。
くん、と些細な重みに引かれ、伸び始めていた膝が戻されてしまう。
思わず首から上だけで振り返り、肩越しに幼馴染の双眸を見出す。
かそけき灯りを吸って瞬く瞳に招かれた末に裸の背を曲げ意識も傾ければ、予想と違わぬ、うとうととして眠たげな様子が仁王を出迎えた。体力差を考慮せず無理をさせると、大概この表情をかんばせに浮かべる。
しかしどうだろう、うつ伏せになったは疲れているはずの腕を伸ばし、スラックスのベルトループに人差し指を引っ掛けて、仁王を見上げていた。
言いたい事でもあるのかと今少し体勢を変えてみるも、掛け布に半分を隠した頬の持ち主は離すどころか起き上がりもせず、シーツの上へ体の前面を滑らせてじりじり移動するので、正直呆れた。
ほんに子供みたいなヤツじゃの。
仕方なしに横たわってやり、添い寝の恰好を取る。

「……なん、」

言い差し、封じ込められてしまう。
片肘を付いて様子を窺った所しなやかな指に頬を引き寄せられ、水分を失いかさついた唇へ口づけを落とされた所為だった。
ついさっき交わしていたものから程遠い、可愛らしい触れ方だ。

「…雅治、悪い事した後の顔してる」

虚を衝かれ反応出来なかった仁王だったが、切っ先鋭い返答にあえなく切り付けられ余計に何も言えなくなった。ぎくりと肩が竦んでしまう。

「よく考えてみたら最初からずっとそうだったよね。…その、あんまりよくわかんなかった時とかは、私が我慢してるの見てだったのかなって思ってたけど……本当は違うんでしょ」

覚えてる、と紡がれる続きが掠れて聞き取り辛い。

「ちっちゃい時、大人に怒られるとそういう目してた。雅治が怒られる事って、滅多になかったけど。なんであんなに色んな隠し事が上手かったの? ほんとヤな子供だよ。かわいくない」

だがたったの一音が確実に神経という神経を食らい、あまやかな傷跡を刻む。笑み崩れた眦はもっと鮮やかに目の底を焼いた。

「興味ないフリで知らんぷりして、でも話し掛けると普通なんだ。どうしてむくれたり怒ったり、素直に謝らなかったりするんだろっていつも不思議だったなぁって、なんか思い出したよ」

誰にも言わないでね、と幼い時分に囁かれた記憶が蘇る。
あの頃と同じく聞き洩らしかねない声音が近い。
至近距離で真っ直ぐ投げられる視線から目を逸らせず、頷きも否定もしないで見詰めていれば、が僅かに身じろぎした。
夜に侵食された部屋でシーツが擦れて鳴り響く。
少しの間消えていた温もりが再び両頬へ宿り、はっと気付く事も叶わぬまま、額に熱が灯る。次いで頬。鼻梁や下睫毛の傍、覚えず閉じた瞼の皮膚、順繰りに辿る唇は巡礼における祝福のようだ。
柔らかな口づけが温度を奪われつつあった中身をあたためていく。
仁王は一度も揺らぐ事なく、抗いも受け入れもせず、あてどない迷い子のように幼馴染の恋人に一切を預けた。

「…以上、私の幼馴染の近況報告」

気恥ずかしくなったのかもしれない。
言ってはにかんだ途端、掛け布を引き上げ口許を隠してしまう。以上と言ったからには終いか、判じかけた掌がぴくりと打ち震えた。
ところが彼女の目線は逡巡し、あのね、続く声が鼓膜に染みる。

「ほんとに悪い事だったら、私も一緒に怒られなくちゃいけないじゃない。だから巻き込むのはナシだよ、雅治。平気で悪くないって顔してればいいのに。昔から得意だったじゃん。
……一人で色々考えないで。隠されても多分私、ちょっとならわかると思う」

多分だけど、なかなか気づけなくて遅くなるかもしれないけど、と随分あやふやな付け足しが途切れて、静寂を生む。

「ごめん」

ややあって場を割いた音色が何故だか優しげに反響した。

「…あ、ああいう時に、しないでって言われたら、雅治だってしないって言うしかないよね。
ズルした。って、自分でも思う。…から、あの……ごめんね」

沸いて滲む感慨を何と表現すればいいのだろう。
詐欺師の異名を以ってしても、手持ちの言葉だけでは満足に語れない気がしてならない。
あぁ……そーか。
突然、天啓めいた解が降り注ぐ。
もしかして柄にもなく感動しとるんか、俺は。
他人事のようになぞり浮き立たせ、

「…………お題を出して?」

沈黙を貫き通していたら、がしどろもどろといった調子の声を落とした。
気詰まりの証拠だ、もう何回耳にしたか知れない。
馬鹿の一つ覚え、そんなんだから俺みたいな男にいいように扱われるんじゃよ、もうちっと気ィつけんしゃい、相変わらず隙だらけやの。
口にすればすぐさま違うと否定されるに違いない数々をわざと押し並べ、一つとて匂わせもせず、唇の内にて留め置く。
半身を起こした仁王は右肘での頭上を囲み、前触れなく背中を屈めた。
疑問半分、不安半分が混ざる色にかたどられた目元を見下ろし、ひと度も逸らす事なく向き合う。
ゆったり速まっていく鼓動は安らかで心地好い。
雅治? と不思議そうに呼ばれた直後、薄く開いた唇に指で触れる。柔らかな膨らみへ押し当て、口の端まで辿り、丸い頬を撫でた。
暗夜に反射して運動部とは思えぬ白さが目立つ手の甲へ、少なくとも一回り以上は小さな掌が遠慮がちに添えられた所で、仁王は切れ長の、平生人から恐れられる三白眼を甘く細める。
静まりかえった空気を揺らし、一対の体温が重なる程に近付いていった。
そうして口づけを落とせばひたすら温かく、命を吹き込むくらいの熱を含んでい、合間で零れる吐息に思い知らされてしまう。
奥深くへ潜らずとも触れられるのだと、確かに感じる事が叶う。
ごく自然にまばたきし、うっとりと目を開いたが、嫌と言う程味わった苦い自嘲はいつまで経ってもやって来ない。の額に自らのそれを当てると、一層和らぐ。
仁王らしからぬ振る舞いがおかしかったのかもしれない、が密やかな声と共に微笑んだ。

触れられて初めてわかる。
失くした感覚を思い出す。
自分では見えない背中や脇腹。あらゆる骨の形。
滑っていく指の角度、顕著な差がつく熱、丸くて柔い所と硬い強張り。
冷たい体と指先を温めてくれるの手。
与えられ確かめる都度、死に瀕していたものが息を吹き返す。一体自分がどんな顔をしているのか、の表情で覚える。鏡より余程確実に。
だから教えて。
仁王の見立てよりずっと頑丈で、仁王が考える以上に想いを返してくる、可愛い顔してとんでもない女に乞う。
それが一番の近道な上、正解でもあるのだろうし、何よりどうにもならぬ良くない癖を治す、絶対に存在していなかったはずの方法だった。

「……してもええか?」

やんわりと意味を持たせて尋ねてみると、びっくりしたとばかりに丸々太った黒目が仄かに光ってしばたいた。転瞬、力の抜けた様相で仁王に応じる。

「…お題はどうしたの」
「後で話しんしゃい」
「……何を?」
「俺の近況報告」
「えー…雅治の事なのに私が雅治について報告するっておかしくない?」
「お題出せ言うたんはお前さんじゃ。文句言いなさんな」

ほれ時間切れやき、と打ち切りを食らわせ、声の裏側に潜むサインを掴んで仕舞う。
大した筋肉も使わず引き寄せれば、が笑って抱き付いて来た。
雅治の髪、ツンツンしててくすぐったい。
照れ臭そうなささめきごと耳に優しい。視界が狭まってあえかな光が強くなる。ともすれば美しく煌めいて眩かった。

不意に、何時だったのかすら覚えていない遠い過日が仁王の記憶領域へ浮上する。
別段興味もなく心惹かれたわけでもなかったが、ペテンを極めるにはまず手近な所からとチームメイトへの理解を深めていくさ中だったように思う。
耐え難い眠気と戦わなくば勝てぬ、昼食後の現代文の授業だった。
寝入りかける生徒の意欲を復活させる為には多少の脱線も必要である、と心に決めたらしい教師が滔々と語る。
月が綺麗ですね。元気ならいい。一緒に同じ方向を見つめることだ。
黒板に白文字が記されていき、最後になかなか物騒な一言が付け加えられた。
『死んでもいいわ』
当時は無感動に聞き流していた和訳が今になって響く。
胸底を奮い立たせ、肌のぬくみはいっとう大事な意味を持ち、豊かな彩りと薫る熱の在り処が手に取るようにわかってしまう。
取り巻く幸福。失うかもしれないという恐怖。一緒くたに束ねたとしても仁王がいだく強さには敵わないだろう。


死んでみたい。
一度でも何度でも、いくらでも殺してくれんか。
その度に俺は蘇る。お前の声で、指で、熱で、全部で生き返るから。

(好いとうよ、

彼岸と此岸を行きつ戻りつする。熱い眩暈に揉まれ、一寸先には冷めていく心、遠のいては近付き明滅した。
指先さえ塗り潰す深き闇。
取り戻す為の長く短い一瞬の熱がいつまでも忘れられない。
ぬばたまの暗中。
に向かう想いだけが灯火で、先々まで続く道行きの頼りだ。





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